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慈郎は首を傾げつつ、裏表紙の方から本を開いてパラパラとめくった。数ページ進んだところで動きをとめると、片方の手で跡部のニットベストをしっかりと掴んで引き戻した。 「ほら、やっぱり最後まで見てないじゃん!ね、ね、跡部!」 「うるせえな、離せ!のびるだろ!」 「ほらほら〜これ〜」 楽しそうに笑いながら開いて見せたページには、慈郎の緩い筆跡で、見開きで大きく、
あとべだいすき と書かれていた。 「…!」 「これ、跡部が借りそうな本だなあって思ったんだけど。ビンゴ〜!」 「ジロー…お前な…」 「自分で気付いてくれたらもっと良かったけど」 二の句がつげないでいる跡部の顔を、慈郎は再び下から覗き込んだ。 「あー、ひょっとして、拗ねてたんだ?跡部の絵がなかったから」 「ハァ?誰が拗ねて…」 「そっか、ごめんごめん。でも、絵の方はおまけに描いたやつだからさ、機嫌直してよ〜」 「だから、俺が言いたいのはそういうことじゃ…なんか、もう怒ってるのが馬鹿馬鹿しくなってきたぜ」 跡部が溜息とともに歩き出すと、慈郎はぴょこぴょこと跳ねるような足取りでついてきて、横に並んだ。 「で、落書きしただけじゃなくて、ちゃんと読んだのか?」 「え?……うん」 「じゃあ聞くが、どれが良かった?」 それは意地の悪い質問で、跡部もそのつもりで発したのだが、意外にも慈郎は即答した。 「すみれのやつ」 「なんだ、本当に読んだのかよ」 「なんだ、ってなんだよー」 慈郎は軽く頬をふくらませたが、どうやら跡部の機嫌が直ったことに安心したのか、すぐに笑顔になった。 「あんま、よくわかんなかったけどね」 「わかる必要はねえだろ。詩なんてものは…」 「俺も、もっとかっこよく書ければよかったんだけど」 「?何を」 「最後の」 「…」 「でも俺、馬鹿だからさー」 難しい言葉が浮かばなかったのだと、慈郎はちょっと恥ずかしそうに笑った。呆れつつも、そのあまりにも楽しげな表情につられて、跡部も思わず口元を緩めた。 「ま、いいんじゃねえの。お前らしくて」 「それって、やっぱ俺が馬鹿ってこと?」 「さあね。少なくとも、利口な人間はああいうところに落書きしねえな」 「だーかーら、あれは落書きじゃなくて…」 「詩だ、なんてのは俺が認めねえ」 「ひでー!」 そうこうしているうちに、部活の開始時間が迫ってきたため、跡部は少し歩調を速めた。その左腕に、慈郎が後ろからしがみつく。 「あとべー、だいすきー」 「はいはい、わかったよ」 「だから、今日帰りにアイスおごって!」 「意味わかんねえ」 慈郎を左腕にぶら下げ、引き摺るようにして部室に現われた跡部を、滝が「ごくろうさま」と笑顔で労ってくれた。
hidali
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