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2006年04月13日(木) 菫3/ジロ跡

 慈郎は首を傾げつつ、裏表紙の方から本を開いてパラパラとめくった。数ページ進んだところで動きをとめると、片方の手で跡部のニットベストをしっかりと掴んで引き戻した。
「ほら、やっぱり最後まで見てないじゃん!ね、ね、跡部!」
「うるせえな、離せ!のびるだろ!」
「ほらほら〜これ〜」
 楽しそうに笑いながら開いて見せたページには、慈郎の緩い筆跡で、見開きで大きく、

あとべだいすき
 
 と書かれていた。
「…!」
「これ、跡部が借りそうな本だなあって思ったんだけど。ビンゴ〜!」
「ジロー…お前な…」
「自分で気付いてくれたらもっと良かったけど」
 二の句がつげないでいる跡部の顔を、慈郎は再び下から覗き込んだ。
「あー、ひょっとして、拗ねてたんだ?跡部の絵がなかったから」
「ハァ?誰が拗ねて…」
「そっか、ごめんごめん。でも、絵の方はおまけに描いたやつだからさ、機嫌直してよ〜」
「だから、俺が言いたいのはそういうことじゃ…なんか、もう怒ってるのが馬鹿馬鹿しくなってきたぜ」
 跡部が溜息とともに歩き出すと、慈郎はぴょこぴょこと跳ねるような足取りでついてきて、横に並んだ。
「で、落書きしただけじゃなくて、ちゃんと読んだのか?」
「え?……うん」
「じゃあ聞くが、どれが良かった?」
 それは意地の悪い質問で、跡部もそのつもりで発したのだが、意外にも慈郎は即答した。
「すみれのやつ」
「なんだ、本当に読んだのかよ」
「なんだ、ってなんだよー」
 慈郎は軽く頬をふくらませたが、どうやら跡部の機嫌が直ったことに安心したのか、すぐに笑顔になった。
「あんま、よくわかんなかったけどね」
「わかる必要はねえだろ。詩なんてものは…」
「俺も、もっとかっこよく書ければよかったんだけど」
「?何を」
「最後の」
「…」
「でも俺、馬鹿だからさー」
 難しい言葉が浮かばなかったのだと、慈郎はちょっと恥ずかしそうに笑った。呆れつつも、そのあまりにも楽しげな表情につられて、跡部も思わず口元を緩めた。
「ま、いいんじゃねえの。お前らしくて」
「それって、やっぱ俺が馬鹿ってこと?」
「さあね。少なくとも、利口な人間はああいうところに落書きしねえな」
「だーかーら、あれは落書きじゃなくて…」
「詩だ、なんてのは俺が認めねえ」
「ひでー!」
 そうこうしているうちに、部活の開始時間が迫ってきたため、跡部は少し歩調を速めた。その左腕に、慈郎が後ろからしがみつく。
「あとべー、だいすきー」
「はいはい、わかったよ」
「だから、今日帰りにアイスおごって!」
「意味わかんねえ」
 慈郎を左腕にぶら下げ、引き摺るようにして部室に現われた跡部を、滝が「ごくろうさま」と笑顔で労ってくれた。
 


hidali