5/26の日記の中で、 アルカイダを庇護してきたパキスタンと 書いた所数人の人から同様の質問を受けました。
「パキスタンってアルカイダを庇護してたの?」 「じゃぁなんでアルカイダ撲滅のための運動に参加したの?」
一人一人に返事を出すより、 こちらの方が早いので今回の討論はこの話題です。
そもそもアルカイダを作ったのは米国です。 ↑これを知らない人も多いかも? ソ連がアフガンに侵攻した時、共産主義拡大を 恐れた米国はアフガンの義勇兵に武器・弾薬を供給、 更にはアヘンの栽培を擁護し、資金力を蓄えさせました。 その時訓練を受けた義勇兵の中にはビン・ラディン等、 現在のテロの枢軸を担っているような人物がいる程…。 つまりビン・ラディンは米国の作り出した亡霊なんです。
なぜ米国が作ったアルカイダが 米国に恨みを持つようになったか? ソ連軍撤退後今度は米国が 中東の石油を巡って経済的に進出しました。 これにより、中東は莫大な資金を 米国に吸い取られてしまったのです。 ただでさえイスラム教国以外の 国から侵攻されていた中東は、 米国や欧州に対して強い不信感を抱きました…。
実際中東では未だに経済を立て直せない地域が存在し、 それは米国が石油の採掘権などを独占していたせいでもあるんです。 不信感はやがて憎しみに変わって行きます…。
米国によって悪の枢軸と みなされたイラクのフセイン…。 彼の事は皆さん覚えていますよね? 彼はイスラム教国家から見れば、 虐げられてきたイスラムを率いて 悪(米国)と闘う正義の、イスラムの英雄なんです…。 湾岸戦争はたまった不満が爆発した戦争でもありました。 ↑クウェート侵攻も歴史的問題が多く、一概に否定はできないはず…。 要するに最近のコソボ紛争と同じような問題ですね。
湾岸戦争後、イスラムの強国でもあるサウジアラビアが 二の舞を恐れ米国と手を結んだ事により、そこの富豪の家出身の ビン・ラディンはテロへと走って行ったんです…。 ↑この話はいずれまたの機会に…。
話がずれてしまいましたがアルカイダは米国が作り、 米国の政策によって中東が貧困化したのは分かって頂けたでしょうか? 侵攻を受けたアフガニスタンはその時王政だった訳です。 しかし力を持ったアルカイダによりザヒル・シャーは追放され、 アルカイダが支配する軍事政権が誕生しました…。
この時お隣のパキスタンはイスラムを信仰する アルカイダに協力、彼等を資金的にも軍事的にも援護したんです。 つまりアルカイダはパキスタンの協力なしには 政権を奪取できなかった事になりますね…。
今回の報復で米国の頭が良かった所は まずこのアルカイダ「政権」の事実上の親を味方にした事でした。 ムシャラフ大統領が記者会見でこんな風に言ってます。
「我々が生き残るにはコレしか道が無いんだ。」
長年大きくしてきた息子(アルカイダ)だが、 ココで彼の味方をすると自分も滅んでしまう。 ココは耐えしのぐしかない(T^T)…。 ↑徳川家康の息子殺しのようなもの。 米国が織田信長と仮定すると分かりやすいかな?
そして今回アルカイダを倒すのに一役かった 北部同盟は、パキスタンのライバル・インドの支援を受けてたんです…。
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