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2002年11月07日(木)

 髪を撫で付け、耳に穴を穿つ。痛みはいつもほんの少しだ。穴を穿つ時よりも、その前の瞬間の[間]が己は躊躇う。それは痛みへの躊躇いであり、変化へのためらいである。
 これで何かが変わるのだろうか。こんなことでは何も変わらない。そんなことをつらつらと思う。


 苦いのは煙ではなくて、咽喉の奥から流れ出る血。


 [性の弱肉強食]で云うならば己は一体何処に類されるのだろう。サディストにはなれないように思う。だからといってマゾヒストとも云えないように思う。
 大学に入ってからバイセクシャルなのではないかと思うようになったけれども、それは女性相手の性的な行為に抵抗を感じなかったからだ。ただそれだけのことで、恋愛対象と見るのは結局のところ男なのだ。FtMなのかもしれないと思うけれども、それほど強く思うわけでもない。
 一体何なのだろう。己は一体何だ。
 性交でそれが分かるというのなら誰かに抱かれてしまいたい。抱いてくれるというのなら誰かに身を預けてしまいたい。それで己が何者か分かるというのなら。
 こういう考え方は一般に[女性的]なのものの最たるところではないかとも思う。




球形の季節/恩田陸/新潮文庫
1994
ISBN4-10-123412-4
高校生の時に読めていたら、と思う。[小夜子]も同様だが、学生(大学生では無いその他の学生)でなければ分からない感覚というものが確かに存在していると思う。


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