ジンジャーエール湖畔・於
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| 2002年07月07日(日) |
織女のパンティ盗んだ下男が空を仰ぎて唱うオ・ソレ・ミヨ |
七夕の歌が好きだ。 「さーさのはーさーらさらー」というあの有名なアレではなく、 たしか作詞が宮沢賢治で『星巡りの歌』っていうタイトルだった気がする。 とってもロマンチックでもの悲しい感じの曲。 小学校で教わった歌だ。
赤い目玉のさそり ひろげた鷲の翼 青い目玉の子犬 光の蛇のとぐろ オリオンはたかく歌い 霧と霜とを落とす アンドロメダの雲は 魚のくちのかたち 大熊の足を北に 五つのばしたところ 小熊のひたいの上は 空のめぐりのめあて
小学校の音楽のセンセイのことは今でもよく憶えている。 橋本躬耶子センセイ。楽しそうに歌う先生が大好きだった。 教科書のうたはあんまりやらなくて、いっつもシューベルトの「ます」 だとか、モーツァルトの「ミューズの子」だとか、「魔笛」の『パパゲーノ』 の歌だとか『魔法の鈴』だとか。クラシックしか聴かない子供だった 私はいっつもウットリしたり感動で興奮していた。 日本の歌も沖縄の数え歌『てぃーちでぃーる』や宮沢賢治の『岩手軽便鉄道のうた』など。他の音楽の先生とは違った独自の教えかただった。 「歓喜の歌」は一年生から六年生までみんなドイツ語で ソラで歌っていたもんだ。
”ふろいでーしぇーねるげってるふんけん”
音楽の素晴らしさは橋本先生に教わった。 先生は「君が代」について、伴奏はするけども絶対に歌わない、と主張していた。小学生のワタシにはそれがなぜかは理解できなかったけど、 先生がそういうんなら「君が代」歌ってくれなくても全然よかった。 とっても素敵な女のセンセイだった。 ===================================
地下鉄の駅の入り口に笹が飾ってあって、願いごとをかいた短冊も ついてある。 ふーんと一瞥し地下鉄の階段を降りていったところ、 先ほどの笹につけてあったと思しき短冊が、風で飛ばされたのか 脇の排水路のあたりに累々と連なっている。 その短冊には 「第一志望内定!俊樹」「一生しあわせに過ごせますように あきこ」 「バンド成功。グッチン」 みたいなありふれた願いがかかれている。
しかし、その排水路に落ちた短冊のみすぼらしさ。泥にまみれて。 そこに書かれた願いは絶対にかなうことはないだろうと思う。
俊樹は一生就職できず、あきこは一生ふしあわせで、グッチンは一生 売れないバンドマン(もしくは断念し田舎に帰る)になるのだ。
一葉の短冊がきっかけで人生が危ういほうへ押しやられるなんて まったく恐ろしいです。 無責任に願いごとをするとこんなことになってしまうのですよ。 自分の書いたもの、まして願いごとが風でどっかへ飛んでしまうなんて 不吉すぎます。しかも排水溝におちてるブザマさよ。 願いごとするのはいいけど、その行方を考慮しないとね。 縁起として。
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