Miyuki's Grimoire
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2005年04月15日(金) Honesty

むかし、音楽雑誌の記者をやっている頃「正直であること」がどれほど大切かを思い知らされた出来事があった。

わたしはあるバンドの番記者をしていた。才能のあるバンドで、デビューから2枚目のアルバムでビッグヒットを放ち、スターとなってワールドツアーを行なうようになったが、アルバムを出すごとにバンド内の確執が深刻化し、とうとう4枚目のアルバムをリリース後、解散してしまった。

バンド内の確執というのはよくある話だけれど、このバンドの場合はちょっと特殊で、確執の原因というのが、アルバムはバンド全員の合作と公表していたが、実はそのすべてをギタリストひとりで行なっており、バンド対ギタリストの間に大きな溝があったことが原因となっていた。作曲どころか、プロデュースもプレスも録音の大部分もパブリシティも、ほとんどなにもかもがそのギタリストひとりでこなしていたにもかかわらず、そのことについて彼自身あまり話したがらなかった。というよりも、自分ひとりが注目を浴びることを極度に避けていた。なぜなら、あくまでもバンドとして成功することが彼のゴールであり、ひとりではライブもツアーもできないことがわかっていたからだった。彼はライブをとても愛しており、ライブをやらないことなど考えられなかったのだろう。しかし、その努力もとうとう限界に来て、彼はバンドを抜けてソロになる道を選び、重要なメンバーを失ったバンドは解散を余儀なくされた。約10年間続き、その間に全米ナンバー1を何曲も飛ばしたバンドにしては、あまりにも簡単な幕切れだった。

わたしは、何度かバンドのツアーを密着取材する中で、ギタリストの彼がすべてをこなしていることに気づいた。彼はいつも音楽とともにあったが、他のメンバーは不真面目だった。レコーディング・スタジオでは、ギターだけでなくバックヴォーカルもベースも、キーボードも、時にはドラムまでもギタリストの彼がプレイし、他のメンバーが帰ったあともひとり残ってもくもくと録音を続けていた。これは、なんなんだろう? まるでソロ・プロジェクトではないか。こんな状態でバンドといえるのだろうか。当初、わたしは表向きのバンド像とのあまりのギャップに驚き、彼にそのことについて聞いたことがあったけれども、彼は始終、インタビューには神経質で、質問しても答えたがらなかった。釈然としない思いを感じながらも、結局わたしは、そのことについては突っ込んで聞くことはできず、記事に書くこともしなかった。他のメディアと同じく、バンドとしての彼らを取り上げ、フィーチュアした。

さて、バンドが解散してほどなくして、ギタリストの彼はソロ・アーティストとして再出発することになり、アルバムを携えて日本にプロモーションにやってきた。ビッグ・アーティスト扱いで、レコード会社から厳重に、前のバンドについては絶対に質問しないようにと事前に強いプレッシャーがかかる。とにかく、新しいアルバムの話、新しい出発の話に重点を置いて記事を書いてくれといわれてしまった。わたしは、どうしたものか迷ったが、とりあえず、新しいアルバムの話を聞いて、様子を見ながら話を切り替え、聞きたかったことを聞いてみようと思っていた。

取材が始まって、1、2問、新しい質問をするが、相変わらず彼は口が重く、口数も少ない。わたしは焦りを感じた。すると突然、彼は怒りだした。

「君の質問は何だよ! 君はずっと以前から僕たちのことを取材してきて、いろいろなことを見て来たのに、聞くことといったら、レコード会社の資料に書いてありそうなことばかりじゃないか。ハンバーガー屋のメニューみたいなことばかり聞かないで、もっとマシなことを聞けよ!」

この一言にわたしはグサリと胸を刺された思いがした。彼は真剣だった。

そうだ、わたしは、これまでの彼の努力や忍耐を見て来たのに、いったい何を聞いているんだろう、彼の視点からものを見ることもせず、本音で接することもなかったばかりか、表面ばかりをなぞって真実を追求しようともしない自分は、完全にジャーナリスト失格だ。わたしは、この仕事を辞めよう、そう思った。しばらく沈黙が漂った。わたしは目に涙がにじんで来た。

わたしは、深々と彼にお詫びをし、実は、本当はたくさん質問したいことがあったが、聞けずにいたこと、これまでの彼がしてきたことを見てきて、実は大変共感していたが、どうやってあなたに口を開いてもらえるのか測りかねていたことをとても恥ずかしく思っていると告げた。わたしはこの時ほど自分の態度を情けなく思ったことはなかった。

すると、彼はこう言った。

「食事に行こうか」

ふと見ると、彼はいままでに見たことのない、緊張感の抜けた優しい顔をしていた。

食事が終わってからまた取材をやり直そうということになり、六本木のしゃぶしゃぶに皆で出かけることになった。その移動の車の中、そして食事中も、彼は、これまでにどんな気持ちでバンドをやっていたのか、デビュー当初からあったバンドのメンバーとの軋轢のことや、だんだんと孤立していく孤独感、すべてを自分ひとりでやりながら、決してそう言えなかったこと、そして、「ねぇ、知ってる? これも、あれも全部僕がやったんだよ」と、どんなに言いたかったかなど、せきを切ったように一気に話し続けた。食事が終わって、取材部屋に戻ってからも彼は話し続け、結局インタビュ−が終わったのは、夜中の2時だった。わたしは彼に、心からの感謝を述べて、いま語ってくれたことを一字一句、残らず真実として伝えることを約束し、取材場所をあとにした。

そして、この記事は、彼が本当の自分と、真実ありのままのを語った初めての記事となり、わたしにとってはこれが10年間の雑誌記者としての最後の仕事となった。わたしは、この出来事を、いまでも忘れる事ができない。そしてたぶん、一生忘れないだろう。

正直でありのままであることは、時に恐ろしく、自分の足下が揺らいでしまうように感じることがある。けれども、不正直であることはそれ以上に人を深く傷つけ、時に、取り返しのつかないほどの溝を創ってしまうことがある。自分が傷つくことを恐れて人を傷つけるよりも、心を開き、苦しくても正直であり続けることのほうが、どれほど尊いかを、わたしはひとりのギタリストから学んだ。

ハートを開きつづけることは初めは苦しい。けれども一度ハートを開き、自分の内側から流れ出る波動を人に伝えることができたら、それは素晴らしいクリエーションのパワーを生み出す。そして、いつしか自分が最も楽で自然な生き方をしていることに気づくだろう。たとえ人から白い目で見られても、嫌われることなんか、恐れてちゃいけない。Honesty is only my excuse! 正直ってことが、わたしの唯一の言い訳、そう言えばいいのだ。


miyuki