| 2006年11月28日(火) |
本「どうぶつたちのレクイエム」 児玉小枝 日本出版社 |
この写真集には、自分の運命を悟った瞳をした犬や猫が沢山写っています。
少し前に、飼い猫の不妊手術をするのが可哀想だからと 生まれた子猫を自ら殺している作家の記事が物議を醸しました。
今日はこの写真集を読んでいて、春になり子猫が沢山、センターに捨てられる。 子猫を持ってきた主婦に、どうして不妊手術をしないのか、って尋ねたら 「かわいそうだし、お金もかかるでしょ」というやり取りが載っていました。
子猫を捨てる(殺す)ことはどちらも変わりませんが、 大きな違いがあって、それは主婦の方は自らの手を汚すか汚さないこと。
どちらにしても、殺される命は可哀想じゃないのか?と問いたいのですけど 嫌な仕事を他人に預けて、自分は猫殺しじゃないふりしている主婦とまた違うと思いました。
先日読んだ「ドリームボックス」でも繰り返されるフレーズがあって 「このペットたちにも家族がいた。」 「(捨てられる動物たちの多さで)引越しシーズンがわかる。」 「流行の犬が飽きたら捨てられる。」
やはり、心無い人が増えてきたのは気のせいではないのでしょうか。
覚書:犬の糞は酵素が違うから水に流しても分解されず、いずれ配水管はつまる〜 と前述の「ドリームボックス」に書いてあったのですが、本当だとしたら 家に持ち帰った犬の糞はどうしているのだろうか・・ 猫は大丈夫なのか?とか気になりました。
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