毎朝、出勤時に送迎バスに乗るのですが、概ね毎日、同僚と雑談している。 ところが、先週末は同僚たちは乗り合わせなかったのだ。 すると年長の同僚女性が「今日は誰もいないの〜寂しいねえ。」といって来る。 曖昧にうなずく私。
そして本日はまた同僚たちが揃ったのだが、それを見てすかさず件の 年長の同僚女性が「今日はいてよかったね〜、この間は誰もいなくて寂しそうだったもの〜」とのんびりと語った。
ああこれだから〜。 職場で和気藹々としたくなかった〜と思う瞬間である。
毎日、同じメンバーで同じ乗り物に乗り、同じメンバーと会話していると やはり目立つのだ。 そうすると、ちょっと私用で休んだりした時とかにも、いないことがハッキリと目立つのだ。 そして「どうして休んだ?」だの「何をしていた?」だの聞かれるのだ。 もちろん、その聞かれた人だけに答えるのはいいが、バスの中で全員が聞いているかもしれないのだ。
そして「寂しい」というのもなんだか気恥ずかしい。 「寂しくない」といえば、そりゃ絶対にそうでないとはいえないけど でも的確な表現ではない。
あったものが無くなると誰しも寂しさを感じるだろう。 確かに、最近親しくしている同僚たちがいないと寂しいと感じたのだから。 そうなのだろうけど。
女性同士の学生時代の延長のような、つながりを感じさせる気がしてゾっとした。 同じ友達とずっといると、その光景が少しでも違うと、その違和感を指摘して楽しみを見つける残酷さを思い起こさせる。
もちろん、年長の女性は非常に穏やかで、ちょっと世間に疎い感じを受ける(本当は違うかもしれないが)タイプの人間で 心から「寂しそう」と全く悪気はないので、私のようにヒネこびた考えをするほうがおかしいのだとわかっているけど。 でも、そういう会話をされてしまうことに、寒気がしてしまったのは本当です。 もちろん、そんな事は顔には出さない努力はしたけど。
いつも同じでないと違和感を感じて、それを指摘するのは時と場所と相手を選ばなくちゃと心に刻む出来事でした。
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