| 2004年01月27日(火) |
ゴーゴリ―とニュートリノ |
私は思春期の頃から、もし死後転生することがあったら 小さい魚がいいとおもっていた。 南国のきれいな海で、小さい小さい魚。
家族にうっかりそれをいうと 「そんなの食べられて終わりだよ!」といわれた。
確かにそうだけど、食べられるなら食べたものの役に立っているし 無駄じゃないから、いいかな。と思っている。 誰にも迷惑かけず、誰にも迷惑かけられず ひっそり生まれて、何か1度は役にたって死ねたらそれでいいかな、って。
芸術新潮の1月号の本の紹介の欄で絵本作家の本が取り上げられていました。 とても変わった方らしいのですけど、その片鱗がインタビューで伺えるそうなんです。 その回答の1部も記してあるのですけど
--死後転生するなら何がいいか? エドワード・ゴーゴリ―さん「中性微子(ニュートリノ)」だそうです。
ああ、それもいいなあ。ニュートリノ。いいじゃん! 何がいいのかわからんが、魚よりもっといいかも。
ファインディング・ニモ(見てないけど)の宣伝見てたら 魚も活躍して大変そうだしね(笑)
注:私はとっても面倒くさがりなんです。深い意味はありません。
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