ネタバレかなりすごいです。 昨日今日と映画の宣伝が変わったので嬉しくって書いています。
先日「映画の会」の友人と「マトリックス」のこと話していて、Nが「やっぱり最初の作品ほどインパクトなかったね」というので「いいのよ、今回は愛があるから、愛に溢れてるんだもん」と私は答えた。Nはちょっと目を丸くしていた・・気がする。 でもそれが私の素直な気持。「マトリックスリローデッド」には私の好きな愛の形が描かれていて、次回作への序章も組み込まれているものの、ハッピーエンド(しかも主人公の力技!)なので、究極に好みだったわけです。 もちろん映像とかウケまくりで大好きだけど。
私の弱いパターン・・ヒロインが愛する人に献身愛。かばって死んじゃったりする・・なんて悲劇なんだろうといいつつ結構好きかもしれません。 でも本当に死んでしまうのはいやんなんです。ここでジレンマが生じます。 宝塚の場合、一旦劇は終わるんですけど、恋人同士はフィナーレで幸せパワー全開で歌や踊りを繰り広げてくれるのでさっき味わった悲しみも引き摺りません。でも映画や物語ではほぼ無理なんで、諦めていたのですけど。(続編作るために「生きてた!」とか安っぽいドラマでゾンビのように行き帰ったりするのは興ざめだったりします。私ってなんてわがまま) 今回の「マトリックス」はそんな安っぽさとは無縁の設定なのでOK!無茶ではあるものの、無理ではないのだ。 だって仮想現実の世界では傷ついたり、死んだりするけど、現実の肉体は無傷であってもいいはずなのだから。 そしてネオはそんな現実を超越した存在なのだから・・・ トリニティーがネオのために身体をはる必然。それに応えるネオの当然。私はいいと思ったんだい!
一人で生きてきた男女が出会って、お互いを知った今では一人では耐えられない。 そんな状況って安穏とした中ではなかなかお目にかかれない関係だろうけど。 あるといい、信じたい。私はパーセフォニーの気持ちがよくわかる。
蛇足。某氏がトリニティーが老けたな・・とのこと。そんな意見が挨拶のように出ています。「老けた」というだけの意見ならいいのだけど、それ以上の話は聞きたくないと思ってます。ネオより必ず若く見えないといけないのかな?そう受け取れる意見を目にするたびに、女性に若さだけを求めるオヤジぽさに加担しているように思えて残念になる。若さがなければヒロインになれない、価値がない映画ばっかり見てるわけにはいかないのよ。といいつつ悔しいから(何故!)次回、キャリー・アンさんにはツヤツヤピカピカになって登場してもらいたい気もする。そんなオヤジ派な奴らを黙らせて欲しい。そう私はトリニティーのファンなのです。
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