銀の鎧細工通信
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2009年08月04日(火) ベイビー、スターダスト [下] (近高そよ、続き物完結編)





 「こんにちは、体調はどう?」
 「日輪さん。お陰様ですっかり」
 「すっかり?嘘仰い、そんな軽い怪我じゃなかったでしょう」
 「ふふ、でももう大丈夫なんですよ。義足にも慣れなくちゃいけないし」
 ふ、と軽く息をついて吉原一の花魁が微笑む。
 この少女は瀕死の状態で吉原に運び込まれた。瀕死とまでは云わないにしても、やはり深手を負った男に抱きかかえられて。それを先導していたのが現在の吉原を名目上取り仕切る、宇宙海賊春雨の第7師団長であったために、少女と男は手厚い看護を受けた。
 焼け爛れた片足を膝下から切断し、熱によって白く濁り機能を失った片目を細胞ごと切除した。
 意識を取り戻しそのことを知っても、少女は酷く冷静だった。「面白そうだから匿ってやってよね」と笑う、神威と名乗る少年をただ黙って見据えていた。数日経つと、常に少女の傍らに居た男が姿を消し、そしてたまに戻ってきていた。
 地下暮らしが長い吉原では、地上での情報がいまひとつ行き渡っていない節がある。日輪は政府高官の馴染みをもっていたために、他の女たちの預かり知らぬことを知っていた。日輪は、少女の顔を見たことがあった。もう、到底この星には居られない娘だ。
 「出発はいつなの?」
 「そろそろです。最後の検査が終わったら、かな。随分長いことお世話になってしまってすみません」
 きっちりと美しい所作で頭を下げる。艶やかな髪が少女の細い肩を滑り落ちて流れた。
 「構んせん。好きなだけ居ればいい。ここはもう、ぬしの家なんでありんすから」
 「月詠」「月詠さん」と二人の声が揃う。
 「お客でありんす」
 月詠が云い終えぬうちから、にゅうと背の高い男がそよの部屋に姿を見せた。
 「こりゃあぁ美人が揃っちゅうで、どうしたもがかぇ」
 そよはもうこの星には居られない。その存在を快くどころか、むしろ率先して欲しがったのが快援隊だった。『そよちゃんの顔利用しゆう気がやない。単に陸奥が交渉のこたう船員が欲しいゆうてきかんがじゃ。なに、悪ぃようにゃしやーせんよ』坂本は鷹揚に笑ったのだった。
 「坂本さん」
 「あ、いやいや客はわしがやないんだ。近藤が来ちゅうよ」
 日輪の方を見ると、微笑まれて頷かれた。腰掛けていたベッドから降りると、忙しない様子で部屋を出て行く。
 「すっかり慣れたようでありんしょ」
 「そうね。でも顔の火傷はやっぱり無理みたい、残るそうよ」
 「足が悪うても、顔に傷があっても、美しいもがやき変わらんがじゃ。そう思いやーせんか?お二人さん」
 坂本はにこにこしている。なんとも緊張感がなく、人好きする人物である。日輪が「そりゃあ勿論。うちのお月様のきれいなことったら」と苦笑すれば、月詠は「わっちらの太陽の輝きに変わりはありんせん」と真面目くさった顔で頷く。あっはっは、そうろーと坂本は満足げに笑う。
 「あら、それで坂本さんはそよちゃんに用事じゃなかったの?」
 はたと気がついたように日輪が首を傾げれば、「用事ってばあがやない。あの子は真っ黒い髪にきらきら光る目をしてて、星空みたいやき、ここはまるで宇宙ちや。好いちゅう」とまたにこにこした。
 「詩人なのか単なる宇宙オタクなのか、わかりんせん」
 月詠は嘆息して首を振る。
 「そうねえ・・・でも解る気はするなあ。本当はこのままここに居て欲しいくらいよ。だけどあの子はもっと広い世界で、色んなものを見た方がいいんでしょうねえ。
  まだまだ先は長いもの」
 月詠の様子を眺めて日輪はくすくす笑いながら、少し遠い目をした。真っ暗闇の中で、小さく鋭い光がちろちろと静かに燃えているような目を、確かにあの少女はしている。そう思いながら。




 「近藤さん!」
 「そよさ・・・」
 様、と続けようとして、近藤は一瞬口篭り、そうして少しはにかんで笑った。もう将軍家はないのですから、とそよに云われても、なかなか簡単に切り替えることができないでいる。
 「ふふ・・・庭に出ましょうか、今日はいいお天気だし」
 近藤の逡巡を察して、そよは笑う。叶わないという風に眉を下げ、近藤はいいですなあと応える。
 こうして非番の日に近藤は吉原に下りて来ていた。正式に新政府が立ち上がるまでは業務は従来通りである。新たな行政機関が警察組織をどのように編成するかは、それはもう判らないことだった。
 そよは以前「たぶん真選組はなくならないと思います。しばらくはこれまで以上に武装警察の必要性があるでしょうから。・・・なんて、組織お取り潰しの可能性の元凶が云うことではありませんが・・・」と顔を曇らせた。それには近藤も同感だった。散発的に起こる天人の暴動に、通常の警察だけでは手が回りきらないのだ。鎮圧と警備に特化した組織はあった方がいいだろう。
 松平も同様のことを云っていた。彼は暫定内閣の一員に選ばれており、今までより更に多忙を極めている。先日、近藤はカマをかけられて、まんまとそよが生きていることを知らせてしまった。
 表向きは生死不明の最後の将軍。先代もろとも江戸城に呑まれたというのが一般の見解だ。
 うろたえて誤魔化そうとする近藤に、「ふん・・・よぉくやったぁ」と小さく鼻をすすって告げたきり、後のことは聞きだそうとはしない。こみ上げるものを隠そうとする背中は、まるで父親のそれであった。
 彼女の兄は、遠いところで健勝らしい。たびたび泣いたそうだ。当たり前だ。それでも一日一日を懸命に生きている。自分にこれから何ができるのか、と自問しながら。
 「・・・本当に行くんですか」
 「やだ近藤さん、そんな顔しないでください。今生の別れじゃないんですから」
 どの道ここにもずっとはいられませんし、とそよは続けた。確かに春雨の師団長に匿われているとはいえ、吉原に留まり続けることも危険だろう。しばらくはこの国を、この星を離れたほうがいいのだ。それがどれくらいの期間のことなのか、或いは一生そうしなければならないのか、それは近藤には判らない。
 「欲が、でますね」
 「え」
 じっと近藤を見詰めていたのだろう、顔をあげるとそよの隻眼と目が合う。今は包帯を巻いている。
 いつだったか、坂本が『なんだかあいつに似ちゅうな』と彼にしては珍しい性質の笑いを浮べたことがあった。『宇宙へ行ったら、いいがを買うちゃおー』そよとほとんど身長の変わらない陸奥がその頭を撫でて微笑んだ。近藤は陸奥のこんな笑顔を見るのは初めてだと思い、それは顔を合わせる機会が、妙とおりょうに『すまいる』から叩き出された自分と坂本を回収に来る時のことばかりだからだと思い至った。そよは、快援隊で幸せにやっていけるだろう、そう思った。
 近藤が黙って見返していると、そよはふっと視線をそらし、遠くへと目を向けた。
 「幕引きが私の役目だと考えていました。その代価は死ぬしかなかった」
 淡々と話すそよの髪を風がなぶる。
 「でも生きています。たくさんの人に生かされてしまった。ふふ・・・こんなんじゃ、何故死なせてくれなかっただなんて云えませんね・・・ここまでしてもらっておいて・・・。
  だからね、近藤さん。ただの私に何が出来るのか、知りたくなってしまいました。
  ただの一個人として、この国がどうなっていくかを見届けたいと思ってしまった」

 それはそよの本音だろう、けれどどこかほんのちょっぴりだけは強がりだろう、と近藤は思いながら天を仰いだ。きっといつか、どこかで、『何故あのまま死なせてくれなかった』と思う瞬間が来るだろう。それは自分が高杉を見てきていたから思ったことかも知れない。
 そう思ってもいい。生きてくれと希った以上、何度でも生きていていい、生きていてほしいと云おう。どれだけそれが自分勝手なものでも。そう近藤は祈るように思う。自分は高杉に対してそうとしかできなかったし、それはこれからだって同じことだ。
 (まるで莫迦のひとつ覚えだ、俺は非力だなあ・・・)
 目の前の少女が決めて成したことに比べると、自分のできることなど本当にちっぽけだ。
 「いなくなってしまいたいと願っていました。でも、
  でも生きて見届けたいとも、願っていました」

 「叶うなんて、思ってもなかった」
 そう云うと、そよは何か憑き物が落ちたかのように、さっぱりと笑った。大きく息を吐き、晴れ晴れと笑った。
 (ああ、俺にできることなんて本当に本当にちっぽけだ。でもそれはきっと無駄じゃない)

 「叶いますよ。叶えられますよ」

 力強く応えると、そよはまた鮮やかに笑った。
 「欲が出るって云いましたよね」
 「ええ」
 「私ね、またいつか、高杉さんに会いたいなぁ」
 歌うようにそよは云った。こんな風に、軽やかに他愛なく希望を口にする彼女を見るのは初めてだった。それができる地平に、ようやく彼女は来たのだ。ただ一人の人間として、個人的な願いを口にできる場所を作ったのだ。思い切り荒っぽい遣り方で、力ずくで。
 「・・・会えますよ」
 じん、と目の奥が熱くなるのを誤魔化すように、近藤はくしゃりと顔を歪めた。
 「ちなみに俺はもう会いました」
 「嘘!?」
 「ほんとです」
 随分とくだけた口調に、彼女の歳相応さを感じてうれしくなる。ちょくちょくやって来ているという万事屋のチャイナ娘の影響もあるのだろうか。
 「会いに、来たんですか?」
 そよが小首を傾げる。
 「来ましたよ」
 少女の真っ黒い目がきらきらと輝く。
 「今潰すのは野暮だ。猶予くらい呉れてやる。どうなるかが見物だな」

 「って云って、ふらっと帰りました」
 済ました顔で物真似をして見せた近藤に、似てないと笑ってそよは云った。
 「何処に向かったんでしょうね」
 「さあ?今まで通り全国をふらふらして?春雨と手を切ってなければ宇宙にも行くでしょう」
 「そう、そっかぁ・・・」
 うちゅう、とそよはあどけない口調で呟いた。伸びをするように仰け反って空を見上げる。吉原の屋根に開いた穴からも、空は変わりなく青く遠い。
 「楽しみです」
 ぱちりと長い睫毛が上下に動くのを、近藤は満足げに眺めた。殊更恭しい口調で云う。
 「お帰りの際には、お土産を期待しております」
 「あはは!上司に相談してみます。うちの船は薄給やきなって云われました」

 (俺ぁ、あんたたちがなんでもいい。
  生きてれば、いい。生きて、幸せになれる力なら持ってる筈なんだ。
  満更じゃないってことを、知ってる筈なんだ。赦そうが、赦すまいが、自分のことを気にかけてる奴が居るってことを、もっともっと思い知ればいい)


 「今度会ったら、眼帯を自慢しちゃいます」
 「? ああ、陸奥さんがいいのを買ってあげるって云ってましたね」
 「そうなんです。どんなのがいいでしょうね?」
 「そうだなあー・・・」
















 星くずのひとつの気分は多分こんな感じ。





 











END

タイトル、末文引用
Thee Michelle Gun Elephant「ベイビー・スターダスト」



長らくのお付き合いありがとうございました。これにて完結です。

ほんとか?本当にこの終わり方でいいのか?とは思いますが、いつまでも手元で煮詰めていてももう際限がないのだと思います。
思いつく限りのものはぶち込みましたが、正直本編と絡めては掘り下げられなかったものもあります。
シリーズとしては完結ですが、作品内の世界が終わるわけではないので、そこら辺はまた別の機会に書くか知れません。ツッコミなど大歓迎です!!

今後書く近高そよはこのオチを踏襲するものもあれば、しないものもあるかと思います。


今回気付いたこと:鉄火は「笑う」描写が好き。


字数制限でまさかの3分割。しかも日記の日付問題で一気にうpできなかった。なんてこった!





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