銀の鎧細工通信
目次


2009年06月11日(木) 072:血の味も覚えてしまった (BASARA 幸佐。歪んだあなたへの100題)


 実は旦那はあまり笑わない。
 幾本かブチ切れている戦場では喚くものの真顔だし、普段だって武家の子の矜持なのか感情を表に出さないところがある。嬉しければ勿論笑うけど、それは微笑みというのに近い本当に微かなものだ。直情型で容易くムキになるわりには、意外なところですっと冷静に覚めていたりする。あまり余所の戦人は知らないことだ。熱血で単純単細胞以外の旦那の情動を見ることが
ないわけだから。
 真面目で真面目で冗談は理解しないし、ストイックで大将にだけは暑苦しい。素直かと思いきや根は酷い頑固者。潔癖なくせに、自分がこうと決めたらどんなことでも平然とやってのける。それは少しかすがとも似ている。そこに罪悪感を伴うかどうかの違いだ。
 …ああ、そうか。
 何でかすがが気になるのかって、旦那に似たところがあるからだ。かすがのが全然人間くさいし、可愛いけど。
 旦那ときたら、感情をあらわにするのは大将の前くらいだ。それだって一応選んだ結果の感情のみに努めている、らしい。それは配下にだって同じこと。家臣を不安にさせるような感情は見せない。と云うよりも見せたがらない。声を荒げて檄を飛ばすのは戦場でのみ。日頃は全く穏やかなもんだ。だからこそ大将との殴り合いを、家臣たちは「またぶん殴られてたぜ…」なぁんておののいて眺めている。何しろ普段は無表情なのだから。
 真田の旦那は笑わない。そして泣かない。時々、あの人をみてるとうそ寒い。そしてうんざりする。
 戦のために戦のために、武田の勝利のために。剥ぎ落として欠落したものたちが、真田幸村の足跡に血まみれで転がっている。究極的に仕事人間。戦のために生まれたような男。
 そして彼は、それらに頓着することはない。捨てて来た人間性が己の一部とも思ってはいないんだ。
 だからあの人はあんなにもきれいなのだろうか。暴力的なまでに。


 最近旦那は俺のことを「某の佐助」と呼ばわる。まるで上杉公がかすがを「わたくしのうつくしきつるぎ」と呼ばわるみたいじゃないか。
 それは正しい云い方ではある。俺様はあくまで旦那を支えて守る忍で、旦那の「佐助」。大将の「佐助」にはなれないし、他の人のための名でもない。
 忍ってのはそうでなきゃならない。誰の命でも気安く受けるような忍は信用されないし、信用されない忍は害としか見なされない。ま、事実そうなんだけど。
 武士とは違う忠義だけど、俺たちにも忠義はある。生きるために必要とする、命懸けの忠誠だ。
 武士が戦や身内争いなんかするから忍は生まれたのに、その武士から命を守るべく尽くすだなんて、全く報われない職業だ。
 その点では俺様は恵まれた。過ぎるほどに恵まれたことが悩みになるだなんて、贅沢だとは解ってる。
 解っているけど、あの人は少し違うんだ。
 忍ってのは隠し武器みたいなもんであって、主の身体の一部じゃない。手足のように使うのはいいけど、実際には手足とは違う。あの人はそれをいまいち解っていない。俺様が裏切るとも思ってないし、勝手にどっかで野垂れ死ぬとも思ってない。あの人は解ってない。俺は時々酷く苛立つ。



 しばらくの潜入調査を終え、佐助は城に戻った。お〜久々♪と思う程には城を離れていた。
 幸村は武田の任務で不在であり、佐助は望月六郎と霧隠才蔵とに調査結果の共有と報告を済ませる。
「ご苦労だったな。幸村様は明後日お戻りになるそうだ。急ぎお伝えすることでもなかろう。それまでしばし休むがいい」
六郎はにこりと笑ってから、てきぱきと報告を暗号文にしてしたためてゆく。少しばかりそれを眺めてから、くるりと振り返る。
 「そう?なぁんか悪いねー。じゃあ才蔵、忍隊の…」
 「問題は無い。お前が出るまでもない仕事ばかりだ」
 「何だよそれ、つれねぇなあ。俺様、長なのに」
 振り返った先に座っている男の、そのあまりの素っ気なさに佐助は思わず揶揄を向けた。
 そもそも才蔵はいつも気怠げにしている男で、日頃から愛想に欠ける。今しがた佐助の言葉の先回りをしたのは、何くれと仕事を見つけては働きだす自分を休ませるためだと佐助にも解ってはいた。
 気怠い視線で「いつも休みがないだの忍び使いが荒いだの騒ぐのは、あれは口だけなのか」と鼻で笑えば、六郎が苦笑しながら「どちみち幸村様がお帰りになったら慌ただしくなるだろう。今のうちに休んでおけ」と援護を寄越した。
 じゃあお言葉に甘えて。と云った割りには、佐助は手持ちぶさたで何とも時間を持て余していた。
 「暇…」
 忍具の手入れを終え、装束に染みた血抜きを行い、欠けた薬草類の補充を済ませ、そうして今回の仕事の後始末と、次回の仕事の支度に片が付く。
 余程の傷を負わなければ、もともと休みを必要としない身体である。不必要な休養は身体と勘を鈍らせてしまうだけだ。
 佐助が戻れば真っ先に飛んで来て、信玄を脅かすものが無いかを確かめる。そんな幸村が不在であると、至って普通の忍として仕事の後始末を済ませられる。
 これが当然のことなのだ。
 もともと身分でいうならば幸村に呼ばれるか、幸村に伝えることがあるかしなければ佐助のほうから声を掛けてはならない。珍奇な行動をとる主がまだ幼い時分から身側にいるものだから、つい先回りして主を立ててしまう。
近く遠く、しかし確かに。それは佐助が佐助だからであり、幸村が幸村だからである。

 例えば夏場。城門の櫓は涼しい。風通しが良く、天井も高い。幸村が一人でそこに向うと、屋根から佐助が顔を出した。そうなると幸村は物見を隣りの櫓に追い出してしまう。
 佐助は他愛ない話をする時もあれば、そこに居ることを知らせるだけで黙っている時もあった。

 他にも、城内の井戸には隠し穴がある。そのため佐助がその近くにいることが多いことに、かつて弁丸が気が付くのに時間はかからなかった。隙あらば井戸の近くで槍を振るう子どもは、自らの忍の近くが一番気楽であると感じていたのだろう。静かで見晴らしの良いその場所が気に入りもしたらしい。
 女房は云うまでもなく、側仕えですらも熱くなった弁丸を止められない。畢竟、「あれをしてはならぬ」「これをしてはならぬ」と予め禁じることで予想外の行動に制限をかけた。今よりも自制と理性の利かぬ弁丸に、その制限は大変窮屈なものであった。身内に有り余る熱を持て余し、発散するどころか溜め込まさせ続けられるのだから。
 そうなると櫓だの井戸だの人の少ない場所へと逃げ出すらしかった。こちらも櫓が近く、それはつまり城外が近いことと同義だ。佐助とて通路として用いるだけあって、その場に常駐しているわけではない。軽率なことをするな、立場をわきまえろ、そうやんわりと諭したところで弁丸は聞き入れない。
 野性的な勘の鋭さを抜きにしても、身分の低い妾腹の子である自分の身の置き場のなさを察するにはあまりある。
 (旦那は莫迦じゃない。それは解ってる)
 ぐぐ、と胡座をかいたまま前屈し骨を伸ばす。葉擦れの音がする、今日はいい天気だ。緑豊かな上田の上空を風が撫でていく。
 (解らないのは、旦那そのものだ)
 佐助には主の考えていることがさっぱり解らない。行動ならある程度予測できる。けれど幸村が何を思い、どういうつもりでその行動に出ているのかが解らない。別に理解する必要もないのだけど、理不尽で不可解なことがどうにも多い。
 (俺様には解らないし、あの人も解ってない。・・・それでおあいこか)
 うっそりと人の悪い笑みを浮べ、ごろりと横になる。忍小屋とは別に長の個室として与えられているそこは雑然としており、佐助が日頃長居をしていないことが伺える。ざり、と爪の先で畳の目をなぜる。
 (旦那がいないと、静かだ)
 ぽかりと開けたままの目玉が乾く。外の光が眩しい。田植えも終わる、戦が始まる頃だなと佐助はぼんやりと考えをめぐらせた。草いきれも、血と泥と硝煙の匂いも、総てはどこか遠い。とうに馴染みきってしまっているものだというのに。
 (旦那は、いても静かだ)
 「変な人・・・」
 ぽつりと呟きながら、忍隊の編成と布陣を考える。新しい薬玉も試してみたい。先ずはどこと戦かな・・・と思ったところに、鼓膜が耳慣れた足音を捉えた。脈拍のように正確で確かな音。
 「佐助、俺だ。入るぞ」
 「うん」
 中にいる佐助は相手が誰だかとうに解っているというのに声をかけ、「俺だ」と云う主の律儀さも佐助には不思議だ。むくりと身体を起こすとほぼ同時に、がらりと戸が開けられる。白い逆光に目が焼けた。
 「おかえり。お疲れさま」
 目を細めて云うと、黙ったままつかつかと歩み寄って伸ばされた腕に頭をぐいと引き寄せられる。抱きとめられた胸は汚れていて、戦場の匂いがした。佐助の髪を絡め取る指は具足もそのままだ。鉄の止め具に髪が引っかって攣られる。
 「何」
 無愛想に問いながら鼻を鳴らせば、濃い血の匂いがする。
 (怪我したんだな。そりゃ怪我くらいするか)
 ちろりと舌先で肌を舐めると、細かい土埃に混ざって血の味を感じる。どうして自分は、いつの間にこの人の血の味なんて覚えたんだろう、とぼんやり考える。不意に頭の上から声が響いた。真っ直ぐに顔を上げたままの音だ。まるで佐助の寝転がっていた背後を見据えるような。
 「気を緩ませ過ぎだ。呑まれるぞ」
 「ふ・・・何の話だよ」
 舌を引っ込めて笑うと、更に掌に力を込められた。きっと本気を出せば、頭蓋骨を軋ませるくらいわけもないだろう。
 「陰の話だ」
 きっぱりと云い切る。佐助がまた息だけで笑うと、まるでそちらには渡さないとでもいうように指に掌に腕に力が込められる。


 「幸村様、俺はね、影の術を使う忍なんですよ」
 闇から現れ、闇へと消える。
 (地獄は地獄でも、きっとあんたと同じところへは行かないよ)










END



佐助の真田観・・・ていう話。
おそろしいことに一昨年の夏に上田旅行で浮かんで暖め続けていたネタです。たぶん腐ってるw
旦那は莫迦じゃない。からが今回書いたものだという事実。

この主従はアホかってくらいラヴくてもいいし、ギャグなラブさでもいいし、こういうすれ違っててかみ合わなくってズレまくってるけどなんかラヴってんでもいいです。悶々片恋でもいい。もうどれでも大変美味しい。
伊達っこと佐助のクソ仲悪くてお互い嫌いなのになんかラヴっぽくなっちゃうのも好きです。つまりは好きな物が共通してるから。佐助は伊達にしか見せない顔があると思う。
片倉さんと佐助の組み合わせも好物です。ああ、佐助が絡めばどれも美味しいってことか・・・。でもやっぱ旦那は別格。旦那かっこいいこわい・・・!チビる・・・!(嘘だろぉお


銀鉄火 |MAILHomePage