銀の鎧細工通信
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2009年05月03日(日) 002:痛みを伴う (シドジロ、歪んだあなたへの100題)

お題を拝借しました。詳細はブログの方ででもお話しようかと思います。
お題消化はオールジャンル混合でいきます。見慣れない過去ジャンルを引っ張り出す可能性も高いです。バトロワとか。気になったものだけでもお付き合いいただけると本当にうれしいことこの上ありません。
ついでに云えば、それで原作に興味を持ってもらえるのが一番の望みです(笑。

お借りするお題は
「歪んだあなたへの100題」。
site name : 追憶の苑 
master : 牧石華月様
url : ttp://farfalle.x0.to/
素的なお題ばかりで大変ときめきます。hを足して是非どうぞ。お題の言葉たちを見ているだけで幸せです。

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 「そんなことはわかってる。戻りたいとでも泣けば満足か?
違うくせにしがみ付いて甘ったれた振りなんかするな」
 ああやってるな、と思った。
 詩作の渦中に何事か呟き出すことがあった。江神にはそれは脳内対話のように聞こえるが、実際のところはよく判らない。本人に訊いたところでけろっと「そんなことしてたかい、俺が?」とでも云いそうなので、追求もしていない。或いは、「聴こえちまったのか。あれは糞溜めから響いてくる断末魔の呻きさ、聴いた者には不幸があるよ」だとかにんまり笑うのかも知れない。ただ、それはどうやら本来大声で繰り広げられていたことのようなので、どうやら詩人なりに下宿の薄い壁を気にしているらしい。存外、紳士的な男なのである。
 そこで江神は、学内の演劇サークルや部室を持たない音系サークルがよく
練習をしている場所を教えた。そこは学生会館のテラスのような場所で、半地下で屋根はあるけれど壁はない。隣接する建物に囲まれつつも、適度に開放感を残した吹き抜けだった。
 それらしいものでも丸めて持たせておけば、さながら舞台の練習のようだろうと江神は思ったのだ。よく通る声で少し早口ながらもはっきりと発される音は、几帳面な台詞回しにどこか似ていた。
 それから詩人は時折そこに出向くようであった。昼夜を問わずに。
 一度真夜中にふらりと出て行こうとするので、江神はなんとなく付いて行ったことがある。
 煙草を買い足しつつ、てくてくと付いて歩く江神を振り返りもしなかった。没入、という言葉がしっくりと当て嵌まる姿は、まるで妄執に憑かれて夜闇を徘徊する亡霊のようだ。痩躯をゆらめかせ、時に頭を抱え、時にうずくまっては唐突に立ち上がってうろうろしながら喚く姿も、人によっては幽鬼じみて見えるのだろう。だがなんということはない。彼は自分の中の言葉を摑まえようとしているだけなのだ。
 それは滴る水を手の中に捉えようとするようなものだろうか、行き過ぎる風を鷲掴みにするようなものだろうか。江神には、判らない。判らないなりに、頭をよぎった詩的表現に、詩人に毒されているということと、真摯で切実な剥き出しの作業に「生の躍動」という言葉が浮かんだことだけは判った。江神の目には、志度はなんだかとても生きているように見えた。
 部屋でも時折、視線だけで人を殺せそうな目つきになっていることがある。はじめは接し方に困り、面倒臭そうだと思った江神も、そのうちに放っておけばいいことが判ってきたので最近はぼんやりと眺めていたりする。もっとも、あまり注視していると絡んでくる場合もあった。
 そういう時は、構って欲しいけど構って欲しくない状態なのだと志度自身も判っているらしく、しばらく相手をしているうちに「君の暖簾ぶりには驚きだ、腕が折れちまった」だのと訳のわからないオチをつけてまた詩作に戻る。

 「あっ、ほらやっぱいたよー。ねー志度さーん」
 不意に明るく甲高い声がした。志度は両手で頭を抱えて背中を丸めていた姿勢のまま、くるうりと振り返る。江神もつられて首の向きを変えた。志度の動きが面白かったらしく、「やっばいよその動き」「やー妖怪っぽいー」と声の主たちはくすくす笑っている。
 「ばれたか」呟いて、にたりと笑った。
 「え、マジで?」
 「詩人って妖怪だったの?じゃああれ?ほらあの、あれ、あれあれあれなんだっけ!ゆやよーん!ゆやよーんの人も妖怪?」
 「そうとも、妖怪だねきっと」詩人はにたにた笑いを浮べている。中原中也に謝れ、と思いつつも江神は噴出しそうになるのを堪えた。
 「うっそマジで、あーでもちょっと座敷童子っぽかったかもー」
 「えちょ待ってなんで顔とか覚えてんの、あーじゃなくて、志度さんアイス食べない?」
 「そーだったそれだ!さっき当たりが出てさあ、でも2個目とかいったらマジお腹痛くなりそうなのー」
 確かに彼女たちは薄着だった。初夏ともなれば半袖にミニスカートでサンダルの女学生は多い。
 「何味」
 「んーなんか限定のやつ、いちご。結構おいしかったよ」
 志度がにゅうと覗き込むようにすると、女学生は「ほらこれ」とその鼻面に差し出してみせる。
 「恵んでもらうことにする。ありがとう」
 ひょいとピンクのパッケージをつまむ。2人の女学生は「全然ー」「こっちこそありがとー」と云いつつ、またねーと手を振って去っていった。
 「まるで春の嵐やな」
 と江神が呟くと、志度が振り向いた。光源である陽射しは志度の背中の向こうだというのに、目だけが光っている。
 「オヤジくさい表現だな。感心しない」
 云いながらアイスを取り出し、2本のバーに挟まれた谷に沿って真ん中でぱきりと折る。
 「ほい」と寄越されたアイスを受け取って、江神は「いいんですか、ありがとう」と云った。ぱくりとアイスを齧り、「知り合いができたんですね」と続ける。
 「ああ。ここにいると声をかけられる」
 「へえ、さっきのこたちも?」
 志度と若い女子の取り合わせは意外ではなかった。マリアも千原由衣も彼のことが好きだった。
 奔放で無軌道で奇矯だが、それらの自由さはかえって下心のなさという安心感を与えるのかも知れない。同性には基本的に嫌われるようだが、異性には珍しい獣のように可愛がられる場合がありそうだ、と江神は考える。
 そう、木更村には他にもこの詩人を可愛がっていたひとがいたではないか、とそこまで考え、江神は瞬いて思考を打ち消した。
 「あのお姫様たちはーなんだったかな、たしかオンケンだとか云った」
 音楽研究会、か。志度の口からいかにも学生のサークル活動らしい名称が出るのが新鮮だった。
 江神はつい「他にもいるんですか」と促す。
 「最初はニゲキ、だった。稽古ですかと云うから詩人だと応えたらスカウトされた」
 二部演劇会、さもありなんと江神は肯く。「役者疑惑のせいかお次はブギケン、そのあとなぜかロッケン、詩人だと広まったのかニチブンケンとブンケンも見に来た」
 舞台技術研究会、ロック研究会、日本文学研究会に文学研究会(このふたつは活動が似て非なる)、
 「有名人じゃないですか」
 ふんと鼻で笑って「大学生というのは余程暇を持て余しているらしい」と云い、そのあと目を細めて「そこが、いいな」と珍しい柔和な表情をした。しかし志度がおもむろに歩き始めたため、それは一瞬しか見えなかった。
 「あなたもオヤジくさいですよ」
 「心外だ」
 そんな遣り取りをしていると、大きな模造紙を丸めて抱えた女学生が志度を見とめると会釈をして通り過ぎた。
 「今のは?」
 「イチビ。絵のモデルにスカウトされてる」
 ふうん、と応えつつ、江神はそれは面白そうだと思った。絵は描かないしカメラも持っていない、けれど被写体が志度というのはなかなかに興味深い。フォトジェニックというのでもないだろうが、このドギツいまでの存在感やよく光る目、それら志度の持つ生命感がどのようにカンバスやフィルムに描き取られるのか。
 一部美術会にはモデル獲得にがんばってもらいたいものだ、と江神は心の中でひっそりとエールを送った。
 ラウンジ出入り口のゴミ箱にアイスの棒をからんと捨てると、「寄ってくのかい」と志度が問うた。
 「じゃあ俺はアイスを自慢して帰ろう」
 江神が笑ったのをじっと眺めると、「なあ、舌出してみな」と云う。気になる動きの獲物を見つけたときの猫のように丸くなった目が輝いている。べ、と舌を出して見せたら更に目を丸くして「長い舌だな」と云う。志度もべろりと舌を出したことで、江神は本来の意図がつかめた。
 いちご味のアイスのせいで、それは異様に赤かった。だとしたら詩人は、江神の舌でおそらくは赤さを確認したかったのだろう。ところが、それが意外にも長いことに驚いたのだ。
 物騒なほど皮肉屋の面と、こういう驚くほどの素直さの共存も、彼の魅力なのかも知れない。と江神はふと思う。ついいつもの早食いの癖で、あっというまにぺろりと食べてしまった氷菓子の残した冷たさが、舌の上でじりじりと痛む。
 低音火傷のように、じわりじわりと鈍く後を引く痛みを伴うような予感がした。このままこうして彼と関わっていくことは。

 
 詩人は有限実行で、江神の後輩たちにアイスを自慢げに見せびらかしてから、帰った。




END





すいません。本当は何で志度が京都にいるのかっていう話が前にあります。
それをまずアップしろよって話ですよね!うん知ってる!!ちょっと細部が詰まってないんですよ、まだ。
なので浮かんじゃったし、書けちゃったので、上げちゃいます。(過失的表現)
しょっぱなの志度の独り言が浮かんだのをメモしてただけなのに、そのままつるつる書けてえっらい驚きました。
ていうか脳みそが詩人とそよちゃんに汚染(人聞き悪い)されてて、日常生活がたまに微妙です。


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