銀の鎧細工通信
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2009年04月22日(水) 臨界反応 (近高そよ 続き物8話目)

 遠くの方で声がする。随分と酷ぇ悲鳴だ。耳障りにわんわんと残響する。そんな声を出すんじゃねえよ、頭が痛いんだ。



私たちを呪えばそれで簡単よね、あなたには憎むのものがあっていい。
 でも私はどうなるの、そんなもの、
 自分を呪うしかないのよ



 違う。
 呪われ、憎まれるべきは俺だ。
 お前のことは知らない。告発されるべきなのは、いつだって俺にとっては俺自身だ。他のやつのことなんぞ知ったことか。
 お前にとってもそうなのか?
 告発されるべきは、自分であると?
 それも、違うだろ。
 だってお前は、あの戦においての、一人の死者も知らないではないか。
 お前は確かに生きている。数多の、ひとりひとりの死の積み重ねの上に。けれどそれはお前の責任じゃねえ。お前には関係がない。何故ならお前は、あの頃にはまだ生まれてもいなかった。何も知らないんだ、知る由もないんだ。
 それなのに、お前は自分が告発されるべきだと思うのか。
 ひとりの死者も知らぬまま、ひとりの生者として。
 重いと云うのか。
 赦せないと泣くのか。
 不遜だな。
 単なる情報だけで、自分自身を告発すべしと挙手するのか?お前はあの戦の現場を知らない、そこに立っていた者ではないではないか。
 だというのに、ただ生まれて生きているだけで、お前は自分を告発すべしとそんなにも暗い眼をするようになって、進み出るのは何故だ?
 ああ。
 将軍家の人間だからか。
 でもそれは、他の誰も背負おうとはしなかったことだ。お前だって、これまでの将軍同様に、見て見ぬ振りで目を伏せればいいだろう。自分の知らないことでまで、罰してくれと両手を差し出すのなんか、ヒロイズムに酔った勘違いのマゾヒズムだ。死人を使ってオナニーがしたいならひとりでやりやがれ。
 本当はわかっている。生きているだけで、罪だということなんかない。だけど俺は生き残ってはいけなかった。俺が招いた、俺が誘った、俺が呼んだ。そんなやつらが殺されて殺されて、俺だけが生き残っていいはずはなかった。
 お前のことなんか、俺は知らねえ。

 今も生きている。
 死者ではないんだ、俺は。
 あいつらとは、決して和解できない。何をしようと、永劫に。生きている者と、死んだ者を繋ぐものなど、なにひとつない。接点などどこにもない。詫びる言葉もない。何をしても、何を云ってももう届かない。
 何をしようが、俺は、ついに死者ではない。
 それだけが厳然たる、事実。


 死んだひとりひとりの顔が、名前が、姿が、常に俺の中で像を結ぶ。生きてはいないあいつら、総ては俺の勝手な回想。
 あの天人との戦において、仲間とそうではない奴(天人含む)、は計量された。天人の死者数、民間人の死者数、攘夷志士の死者数、そのうちの鬼兵隊の死者数(斬首含む)。悪趣味な統計に胸が悪くなる。その計りをぶち壊してやりたい。そんなデータを取って、きれいな円グラフでも作ろうってのか?何の意味がある?量で悲劇性の尺度をも計ろうというのなら、そんな下衆で愚鈍な試みはあきらめた方がいい。量の問題じゃねえ、死者数の問題なんかじゃねえだろう。一人だろうが二人だろうが百万人だろうが、原点は、ひとりの死だ。
 そんなことしたって、死者にはなり代われやしねえ。
 俺が、お前が、何をしたって死人には赦されねぇし、届きもしない。

 

 瞼を開けたら、そこは牢だった。暗い水の中に浮かび上がってはまた沈むような感覚の中で、何度も途切れ途切れに夢を見た。
 軽い吐き気と酷い眩暈。自分の身に起こったことを思い出して、それはますます酷くなった。胸くそ悪い。
 だるい身体をずるりと起こすと、格子から離れて座っている男の姿が目に入った。背もたれのない丸椅子にゆったりと腰掛けている。長い前髪で目付きは見えないが、頬や口元に警戒や緊張の色はない。こいつは一度見たことがある。あの小娘が街に出た時に一緒にいた野郎だ。あの時は警察関係者だと思ったが、今の格好を見れば忍だと判る。
 「ほい」と何かを投げて寄越す。それはきれいに格子の間から俺の手元に飛び込んできた。どうやらくないではないらしい。それを受け止めてみれば、竹筒だ。
 「即効性な上にいい感じで身体に残ってくれるんだが、どうにも酷く気分の悪くなる薬ですいませんね」
 少しも悪びれず飄々と云う。確かにこれではまともに動けやしねえ。栓を開けて、くんと匂いを嗅いだら「何も入れてやしないっすよ。そんなことする必要が俺にゃないんでね」と云った。
 「あいつの命令だからか」
 「まあね」
 真意の読めない男ではあるが、それは嘘ではないだろう。あいつが俺を殺すつもりなら、あの時そうしていたはずだ。ただ眠らされていただけというのなら、殺すつもりはないってことだ。もっとも、あの娘が俺を殺そうとすることはないんだろう。
 その奇妙な確信は、つくづく最悪だ。近藤にしたって、あいつらにとって俺はただ邪魔な存在だ。害をなすことはあっても、それ以外は何もない。それなのに殺そうとしない、捕まえようともしない。それがいつだって歯痒かった、不愉快だった。理解できないし、したくもない。現にこうしていざ捕まってみても、やはり不愉快で腹立たしいことこの上ないのだが。
 喉を滑り落ちる水が心地よい。
 「あいつ、何をしでかすつもりだ」
 忍は答える気はないだろう。案の定、口の端を持ち上げて「さあ?」と肩を竦めて見せた。嫌な予想がある。俺を殺す気のない奴が、俺の身柄を拘束しておく必要があるとすれば、それは。
 
 俺の手足を封じて、あいつがすること。
 そもそもはっきり云ったんだ。「私がこの国を壊す」と。はったりや酔狂で口にすることじゃねえ。だが、どうやって?何をする気だ。
 ひとつ判っていることは、あいつが、俺を「守ろう」としていることだ。俺が巻き込まれることから、否、俺が進んで飛び込むことから。俺自身から、俺を。「あなたには、やらせない」、そうきっぱりと云い放って。
 頭の中が真っ白く弾けるような怒りに任せ、空にした竹筒を格子に激しく叩きつける。古めかしい木造の牢は、未だ強固なつくりを保っているらしく音の反響ひとつ寄越さない。
 「こっから出せ」
 男は無言でまた肩を竦めた。
 威嚇して「それでは」と出されるくらいなら、はじめからこんなことはしない。聞こえよがしに盛大な舌打ちをする。これだけのことをするということは、あいつはそれだけの何事かをしでかすつもりなのだ。俺が飛び込まずにはいられないような、大きなことを。この国を、壊す?あいつが?将軍家の姫君が?あんな非力で無知な小娘が?
 どうやってだ、どうする気だ。壁の染みを睨み付ける。俺は、こんなところにいるわけにはいかない。「守られ」るわけには、断じていかない。またしてもおめおめ生き残るつもりか。
 
 俺は、俺を赦さないと決めてんだよ。
 俺も、俺以外のものも、赦さないことをとうに決めてる。
 誰に何を云われても、何と引き換えにしても。
 そうでなければ、生きていけねえんだ。のうのうと自殺するわけにはいかない、じゃあ赦さないことでしか、俺は生きていかれねえ。
 俺自身の呪いが俺の息の根を止める時まで。
 
 何の為にかはもう判らない。判らないうちに想いは身体の中でどろどろに腐敗しはじめた。今では身体も頭も蝕む毒だ。それでいて、他のどの器官がなくなったとしても、これだけはないと生きていけないというほど俺を生かすもの。蝕まれることで、俺は呼吸を続けている。
 生き残ったほかの仲間に、忘れて無かった事にして生きていけ、と俺は思った。そうして離散していった仲間ですらも、その後殺されたり自殺した。あのまま怨みだけで戦い続けても仲間はことごとく死んだだろう。なのに、戦を離れても仲間は死んだ。何をしても助けられはしなかったのか、何をしても結局駄目だったのか。じゃあ何故俺だけ生きている?何故俺は死なない。

 鬼兵隊を、あいつらを、奪われ踏み躙られたことが俺の呪いだ。赦さない、殺せ壊せと喚きたて暴れまわる獣が俺の呪いだ。それが頭も身体も俺を蝕み苛んでる。なのに、俺はそれと分け離れたら生きてはいけない。つまりそういうことだ。
 俺は、いまだに鬼兵隊の仲間に、あいつらに生かされてる。
 死んでいった奴もそうでない奴もが、俺を生かしている、支えてる。
 死人を喰らって呪いを育て、死人を喰らって赦さないと想いを深め、
 俺は、俺が、死人を利用して生き永らえてる。


 (この毒に殺される以外に俺に見合う死に方は無い)


 こんな、考えても仕方のないことをぐだぐだ考えちまうのは、ここがおそらく江戸城だからだ。敵の腹の中に匿われて、俺は何をしてる?こっから出ないことにははじまらねえ。
 見張りはひとり。だが忍のやることだ、おそらくは見えないところにも隠れているだろう。そもそもあいつひとりにしたって油断ならねえ。刀から隠していたものから一切合財あいつの足もとに並んでやがる。
 「ん、読みます?」
 視線に今気がついた、という風で手にしていた雑誌をひょいと持ち上げる。とっくに俺が見てるのなんか知ってただろうに。
 「いらねえ。いつまでここにいりゃいいんだ」
 「なあに、夕方まではかかりませんよ」
 「今何時だ」
 「2時くらい」
 忌々しい。今日は新条約の締結日だ。3時からターミナルにて諸星の偉いと”将軍”とで調印がなされる。天人がやってくるゲートであるターミナルで、新たな関係の門出ときたもんだ。全国ネットで中継すると幕府は発表した。多くの攘夷志士が気が狂いそうになっていることだろう。この間、いやに静かだったのは、おそらく一様に今日が決戦の日と思っていたからのはずだ。どんなお祭騒ぎが起こされるか、興味があった。
 あいつは俺が何か起こすことを懸念したのか?違うな、予め何かする気がったなら当日になって俺ひとり隔離して閉じ込めたところで、計画は頓挫しないことくらいわかるはずだ。天人を呼び寄せて、この国が食い荒らされて内部崩壊することを狙うというのなら、やはり俺を閉じ込める理由はない。
小娘の云う「壊す」とは、なんだ?まだまだ利益を吸い取ろうとする天導衆にしろ、癒着関係の春雨にしろ、この国を焦土にしようとする目論見なら阻止するだろう。どうやって壊すというんだ。
 「おい、煙管寄越せ」
 毒にしろ針にしろ、いずれの仕込みもないことは確認済みなのか、男はあっさりと煙管を投げて寄越した。あ、と呟いてライターを放り投げる。「使ったら返してくださいね」と云う。
 相手のほうも見ずにライターは適当に投げた。細く煙が揺らぐ。

 脱出の術を思案しながら、ごろごろ横になっていると、不意に甘い花の香りがした。音もなく女がひとり姿を現す。
 「全蔵!」
 全蔵?ああ、服部の当主か。名高きお庭番衆の先代が死に、跡を継いだという倅の名前だ。江戸城にお庭番衆の組み合わせなら、何も不思議な点はない。
 「どうした」
 名前を呼ばれた服部全蔵が緊張した声で返事をしている。女のほうは少し青ざめているようだ。息を切らしている。
 「あの方が、急ぎの伝言だって」
 あの方?小娘のことか?
 「なんだ」
 「あの娘、死ぬぞ。早く行け。ですって」
 違う、小娘じゃない。だが、云われているのはあいつのことだ。何だって?死ぬ?あいつがか?
 「なんだと?!だってあいつ、死なねえって・・・!」
 血相を変えた服部に、女は続けた。声が少し震えている。
 「本当に見えるのね・・・あなたがそう云うの、解ってた。わしの目とて万能じゃない、現にお前は死ななかった。とも云ってたわん」
  目?本当に、見える?
 「天眼通か!」
 俺の大声で、存在に今気がついたとでもいう風に二人は振り返った。
 天眼通は個人の未来や金の動きは予見するが、政治に関しては一切見えないと公表していた。事実かは知らない。けれど、謀反の嫌疑、和議の可否、敵対星を出し抜くこと、それらは一切見えないと公言することで、幕府・天導衆は云うまでもなく、各星からも狙われることを多少は回避していた。政治には不干渉だ、という立場表明。
 もっとも春雨内部には目をつけるものもあった。だが、「そんなのの力を借りなくても、俺たちは金には困らないでしょ」だのなんだのと、金に興味もなさそうなくせに頑なに待ったをかける男がいたため、拉致の計画はいつも保留になっていた。神威とかいう、夜兎のガキだ。
 「やっぱり幕府は天眼通も抱き込んでやがったのか!どこまでも下衆な遣り口だなァおい!」
 「うるせえ!俺個人のコネだ!」
 罵声に対して真剣に怒鳴り返され、俺は面食らった。何をそんなに血相を変えている?死ぬ?あの小娘が?国を壊そうとしている奴が、死ぬだと?
 「薫、この兄さんから目を離すな、条約の締結後に生きて開放が命令だ。それまでは押さえてろ、絶対に死なせるな。術を使ってもいい」
 やっぱりだ。全身の血が逆流するような思いがした。
 やっぱりそよは俺を「守ろう」としている。生かそうとしている、死なせまいとしている。誰が頼んだ、俺がそんなことを望んでいると思ったか。そうじゃないことを、あいつは知ってる。知ってるくせに、こんな真似をしやがるのか。本当に救いようがねえほど傲慢なガキだ。エゴだ、自分本位だ、あいつは俺に「それはあなたの身勝手だ」と云った、どっちがだ。俺に生きろと形振り構わず強要する奴が、死ぬだと?
 「待ちやがれ!俺をここから出せ、今すぐにだ!」
 気が狂ったように怒鳴りたてる俺に、服部は「それはできねえ」と云い捨てて姿を消した。女が重い溜息をついて俯く。
 俺が生きたいといつ願った。はじまりはなんだったのか、終わりは一体何処なのか。俺にはもう、身のうちでのた打ち回る獣しかない。それしかないし、他には何もいらない。早くとどめを刺せ、早く終わらせろ。幕を引かせろ。
 俺はもう、生かされて残されるのは、御免だ。真っ平なんだ。



 くたばった俺の身体からじわじわと毒が染み出て、この世の総てが蝕まれればいいと願った。
 萌芽しろ、他の総てを呑み込んで成長し、食い破ってしまえ。
 潰れろ。
 世界よ、終われ。
























 ただし、決して俺を残さずに。






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すっごい難産でした。
高杉一人称で書くのは決まっていたのですが、書きたいキーワードが頭の中に降臨しきっていないまま書くことがこんなに辛いとは。
なので、ぎこちないし、切れもないし、勢いもないです。私の悪文の僅かなとりえは、勢いだけだと思うのですが。 

更新を急いだのは、この間別ジャンルでの更新を続けており、おそらくは銀魂ジャンルの方を不愉快にさせてしまっているだろうなと危惧したからです。
でも、やってみて、納得いかないままのものに無理矢理形を取り繕わせて放り出しても、(自分にとって)つまらないものしか書けないことが解りました。これではかえって失礼だと心底実感したので、次は形を取るまでは書きません。頭の中に浮かんだものに、正直になろうと思います。
とか云って、最終話のキーワードはかなり浮かんでいるので、あとは詳細を煮詰めるだけなんですが。
 
  








 

 

 





 


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