銀の鎧細工通信
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何がよかったって、皆のヒーローになんかなれない、って解ってるところだった。 なのに、皆に必要とされる太陽のような人を支えきることのできる、たった一人だけではありたいと、追い詰まった眼をしているところ。
満ち欠けのできない月のような男。 いつだって無理ばかりしている。無理しかしていない。 いつだって白く鋭く細く、光っている。ぎりぎりまで身を削ったところで。 新月になったら、死んでしまうとでも思っているかのように。か細く鋭く佇んでいる。 その眼にはいつだって太陽しか映っていない。太陽を追いかけて、満ちもせず欠けもせず、同じようにあれるように、その周りをぐるぐると回っている。 そのはたから見れば無様で悲惨な道を、引き返すことも、立ち止まることも、留まることも押し返すこともできないまま、とてつもなく不安定なバランスのままで足を止めようとはしない。 新月、そう、太陽を見失ったら生きてはいけないという風に、必死で。 そんな風に、滞るためらいを抱えたままで歩いていこうとしたら、きっと辛いだけなのに。 痛みに耐えるだけの癖に、逃げる道もわからなくなっているようだ。 それとも、もう太陽を離れては何も上手くはできない自分を知っているからか。 動き続ける月を、こちらが止まって眺める気持ちで。 そう、側にいて見失わないようにしているのは自分も同じだった。 何処に続くのか判らない道を進むことに、寄り添っている。 見失ったら、きっと後悔するから。
土方さん 山崎がそう云う時は、組織に関わることではなく、個人的にものを云う時だけだった。そういう使い分けをしては、土方をギクリとさせる。 あの晩にも、アフロ頭のくせに必死で云い募っていた。駄目押しの「土方さん」という呼称が、土方を参らせることを知っていて、そう呼ぶのだ。 吸殻を山のようにしながら、黙々と報告書の作成をしている。事務的に打ち込む内容に心は動かされない。もっとも、ミツバの名前は出てこない。 近藤は水臭いと云って個人行動を叱りつけたが、組の内部に関してはさほど案じてはいなかった。むしろ関係が露見して、沖田個人のみならず組を疎ましく思っている幕府上層部の天人をほくそえませることを怖れた。 (薄情、ね・・・) 感情を認識したら、その波に呑みこまれてしまう。意識して何も感じないように、乱されることのないように過ごしている。それは思ったよりも難しいことではなかった。多くの者が禁句として、あの一件に関することに触れないからだ。 黙々と押し黙り、もくもくと煙だけを吐き出す。腹だって減るし、眠くだってなる。惚れた女が死んだって、残酷に土方の身体は生きていることを継続している。 それこそが、薄情だ。 生理現象こそ薄情だ。 「・・・っく、ぐ、う・・・」 薄情以外のなんだというのだ。考えまいとして、事実考えなくても夜更けの自室で1人になれば、勝手に涙がでてくる。 自分自身に対して思い遣りってものを持てないモンかね、と溢れ出る嗚咽を片手で塞ぎ、じっと俯いて堪える。こんなのは堪らない。こんなんでは、全くたまったもんじゃない。どうして俺の意思とは裏腹にしか、俺の身体は動かない?うめきを押し殺してうずくまる。 呼吸のたびに嗚咽がもれそうになるので、息を殺すために呼吸が浅くなる。酸欠で頭が痛みはじめ、耳鳴りがする。 深呼吸を繰り返し、暴力的な波が去った頃合を見計らい、土方はそっと部屋から滑り出た。ひたひたと裸足で歩く廊下は、季節の深まりを感じさせるように冷えている。誰が死のうが、季節だって止まりはしない。ただ何もかもを包んだまま流れてゆく。
台所で氷を砕き、ケースに入れてトングをさす。マドラーも付けてロックグラスを用意する。ただの、ロックで何かを呑むためのセットだ。これが案外に便利だと気付いたのは何でだったか、思い出せない。 沢山の氷は、はじめは酒のために使い、しばらくしたら手ぬぐいを氷水に浸して瞼に当てる。そうすれば翌日に腫れ上がった瞼を晒さないで済むのだ。これが最近の日課。 「副長」 声をかけるのと同時に、殺していた気配を解放する。こういうところは本当に性質が悪いと思いつつ、それが山崎の仕事であった。 「驚かせるなよ」と静かに土方が云えば、「驚いてないくせに」と応えた。それは事実だった。心の機微が、ひとつのことに囚われすぎているせいで、何かを感じるのがいつもよりワンテンポ遅いのだった。驚くほどの心の余裕も気力も無いようだ。 「どうした、こんな時間に」 更に氷を砕いて作る。多いほどいい。俯きながら、土方は自分の声の静かさにこそ、少し驚いた。こんな風に喋れるのか、と思った。 「明日の飯の仕込み具合を見に」 大きな鍋を開けると、膨大な量のミートソースがよく煮込まれた状態で寝かされていた。少し舐めてみて「うん、いい調子」と呟いた。 「朝っぱらからスパゲティはごめんだぞ」 「朝は茸ご飯です、こっちは昼飯。俺、昼から仕事で出ちゃうんで、パスタゆでるくらいなら誰でもできるから作っておこうと思って」 マメなのか何なのか、本人は「これだけの量を作るのは、もうストレス解消になりますから」などと云うのだが、並大抵のことではない。 冷蔵庫からビールの缶を出すと、ぷし、と小気味良い音を立てて開けた。 「毎晩呑んでますね、何か腹に入れてます?自分用にツマミ作りますけど、食いますか」 ごくごくと呑んでから、それはもう完璧なまでに何事も無い風に云った。装いすら感じさせない。土方は有能な仲間をありがたくも、恐ろしく感じる。 「ああ、いいのか」 いいですよ、1人分も2人分も変わらないですから、笑いながらてきぱきと動き出す。見ていて気持ちがいいほどに。 「じゃあ、待ってる間呑んでてください」缶ビールと冷えたグラスまで出されてしまった。土方は氷を山盛りにしたバケツを冷凍庫に収め、台所にある簡易なテーブルセットに腰を下ろした。部屋に戻ったら、きっとまた勝手に涙が溢れてくるのだ。だったら人といた方が押さえが効くと思った。 秋茄子秋茄子、と歌いながらへたを取って輪切りにする。ミートソースをおたまで掬って深めの皿に並べた茄子にかけ、とろけるチーズを乗せた後に、ひとつの皿の方には過剰にマヨネーズをかけた。かけまくった。 (そっちが俺のか) くるくると動く手際のよさを、ぼんやりと眺めているのは満更でもない。オーヴンレンジに入れて「こんなもんかなー」などと云いながらタイマーをセットした。すると勢いよく振り返ったので、グラスを持った手がびくりと跳ねた。 「すんません、ビール用に作っちまった。副長何呑む予定だったんですか」 自分自身の身体が、自分の想いを裏切る。 今泣きたくなどないのに、危うく決壊しそうになった涙腺を土方は呪う。 (何でいきなり、くそ) 「いや・・・部屋にある焼酎」 心の中で罵る言葉を吐きつつ、変な間を作らないようにと答えだけは発した。 「うわぁ、そりゃ滅茶苦茶な組み合わせになっちまった、ビールならまだありますんで」 何にも気がつかなかった振りをして、またすいません、と山崎は云った。 「かまわねぇよ、そんな上等な嗜みはねぇから」ぽつりと云う、その静かさ。 (こんな調子じゃ、こっちまでおかしくなっちまう) 他人のペースに巻き込まれないことが何より肝心な仕事だ。表面上は流されて振り回されている振りをしても、内心は自分のペースを守りきらなければ、何かを探るなんてできやしないのだから。 まだ冷たいビールを呑みながら、漂ってくるチーズの匂い。ちろりと土方を盗み見る。 やつれたのは、近藤も沖田も同様だ。 それぞれが、それぞれを見張るようにしてちゃんと食べているか、食事の時間にぴりぴりしている。負けず嫌いどもとお人好しなので、気を遣わせまいとガツガツ食事は摂っている。それでも憔悴の色が隠せないのだ。 (沖田隊長の不眠症はもともとにしても、局長が日頃起きない時間に厠に行っていたりする・・・この人は、もともと遅くまで仕事をして灯りをつけたまま寝てるなんてことがあるから、何ともいえないけど・・・) それでも朝になれば、意地のように起き上がってくる。大切な人を泣かせてまでも選んだ道を、ひたすらに突き進まなければ誰をも報われなくなってしまうことを、知っている。 傷の舐めあいなんて、そんな真似を自分に許せる筈もない3人。 電子音が鳴った。 手ぬぐいで皿をつかみ出し、小ぶりの鍋敷きの上に乗せた。「うーんと、スプーンでいいかな」カチ、コトリ。「どうぞ」 「ありがとう、いただきます」 稽古の時の様に、綺麗な型で礼をした。 日頃は高圧的な態度ばかりが目に付くが、真面目な人間なのだ。いつだって食事の前後には手を合わせていることを山崎は知っている。 はふはふ、とアツアツの茄子のチーズ焼きをつつきながら、冷たいビールがぐいぐい進む。ここのところ呑んでいる酒は、はなから酒を味わおうと思っていないせいで、酩酊する水のようなものだった。 「うめぇな」 味というものを感じて、ふっと頬をほころばせた。 弱っている人間には、暖かくて旨い物を食べさせるのが効く。旨いと思えたなら、それだけでいいのだ。どうせ、どんなに悲しくたって、絶望していたって、生きていく以上は食べなければならないのだから。山崎も薄く笑んで「光栄です」と深々と頭を下げた。 「あち」と云ってはビールをもうグラスに注がないままじかに呑む土方を眺めつつ、 (きっとこの人自身、局長がいなかったら自分の場所も解らなくなっちまうんだろうな・・・ミツバさん、本当に貴女は辛党ですね、こんなしょっぺー男に惚れちゃうなんて、さ) いなくなった女に話しかけてみる。 土方の缶が軽くなっているのを見て、冷蔵庫から自分の分と2缶出した。 「土方さん」 ぎょっとした表情で顔を上げるのが痛々しい。 何を怯えているんだ、この男は? 缶を差し出しながら、 「もう今夜はビールにしちゃってください」 と云って、屈託の一切無い笑顔を見せた。 「・・・す、・・・何でもねぇ、そうするよ」 唇は「すまんな」と云いかけた。 そうだ、云わなくていい。 あんたが謝ることなんて何も無い。 どうせ冷凍庫にしまった氷の山は、明日の夜にまた出番があるだろう。 身体は想いを裏切り、想いは身体を裏切る。 双方が双方に嘘もつく。 苦く泡立ったビールが喉を通って滑り落ちた。
土方さん、
よそ見したり、目を離して、あんたを見失うのはね、 俺はごめんなんですよ。
あんたを見ていたい。
行方知れずになったって、
こうして見てたって、
悲しいのに変わりはないですから。
END
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