銀の鎧細工通信
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2006年10月06日(金) 足音 (近藤高杉)

「よかったら、ちょっと付き合ってくれねーかな」
電話口の声が、気持ちが悪いほど静かだった。そもそも、いつもなら突然宿に押しかけてきて高杉が逃げられないようにするというのに、わざわざ電話で訊いてくるなどということ自体が初めてではないか、と高杉は思った。
「きもちわりぃな、なんだよ」
怪訝な声に動揺が混じってしまったか、と嫌な気持ちになった。電話の向こうでは「じゃあ、宿行かせてもらうからよ」と、密やかに近藤が呟いた。沈み込んで消え入りそうな声であった。



とんとんとん
無意識のうちに耳をそばだてていた。その足音は、いつもならどかどかどか、だ。
調子が狂う、何だっていうんだ煩わしい。こんなのは知らない、と苛立ちのままに舌打ちをすれば、襖が遠慮がちに開けられる。「おう」とぎこちなく笑った顔に高杉は思い切り眉を顰めた。
眼は真っ赤なくせに、眼の下には塗ったようなクマが出来ている。憔悴丸出しの顔に、力ない仕草。「何があった?」などと訊くまでもない、何かがあった。
その単純な解りやすさに、幾らか腹立たしさを覚えながらも、あまりの様子にそんな悪態を吐くことすら憚られる。じりじりと嫌な気分がせり上がってきた。こんな風に気を遣うことなど、忘れたのだから。捨て去ったのだから。
「車、借りてきた。組の車じゃねえから、ちょっと出ねーか。酒も買ってある、俺は呑まねぇよ・・・」
ひとつひとつの言葉を選んで口にするのもやっと、という風にゆっくりと離した。事実、胸が重くて重くて、声を発するのもやっとだった。俺ですらこんなんなんだから、あいつらなんか、もっと・・・だよな。そう思うと無理にでも強張った顔が笑いを形作る。
「海、行こうぜ」
普段は「俺がいない間に何かあったら大変だ」、の一点張りで、この街を離れようとはしない男が決して近くはない海に行こうだなどと、気味が悪くて仕方がない。訊くまでもない「何か」のせいだと解ってはいても、そんなもの高杉は訊きたくもないし、何も云いたくもなければ何もできない。気まずい、面倒臭い、そう思いながらも突き放せないのは、近藤の思う壺のようでまた癪だった。本人にはそんなつもりがないからこそ、尚更だ。気乗りしないながらも、突っ撥ねる事も出来ず、黙って刀を取って立ち上がる。
「いきなり付き合わせて悪いな」
掠れた声で、また微笑を浮べながら礼なぞ述べる。目を伏せて「別に」とだけ応えた。

近藤は道々、他愛ないことについてぽつぽつと話した。今通り過ぎた看板が変だった、だの向こうに酒蔵があるって知ってたか、だの。高杉は山のような酒を抱えて後部座席でひたすら呑みながら、同じくぽつぽつと短い返事をした。しない時もあった。
近藤は、こんな普段からは考え付かないことをして、気を引きたいなどとは思っていない。ただ、自分がしたいことをしているだけなのだ。過分にお節介で強引なところはあるものの、大抵それは他人のことを考えてのことであり、自分のためにだけすることに関しては済まなそうにして、邪心もない。癪に触りつつも、この単純な男のことだ、高杉はそれくらいは解ったので特に気は遣わないことに決めた。柄でもないし、そんなことこの男は望んでもいないのだ。何かあったらしい、でもそれは俺には関係ないし、こいつもそのことで俺にどうこうして欲しいなんて考えてない、それだけだ。

「お」
酒瓶から口を離して洩らした。打ち寄せる波。海なんて見るのはどれくらいぶりだろう。空からではなく、こんなに近くで。だいぶ酒の回った頭で思い出そうとしてみるが、よくは思い出せなかった。何しろ山の方が近い場所に住んでいたのだ。地元は海にも近かったが、小さい頃に離れてしまっているのだからそれも覚えてはいない。
(辰馬は、よく海の話してたな・・・)
もう、坂本にも随分会ってはいない。たまに江戸に出入りしているらしいことは聞いていた。近藤とよくつるんでいるとも。
「いい天気だなぁ」
そう声をかけられた瞬間、何かが頭をよぎった。何かを思い出しかけたが、頭の中がぼうぼうとして、酩酊の心地よさに、それは掻き消えてしまった。
「そうだな」
ぼんやりと応えてみたものの、思い出しかけた何かの記憶は、妙にあたたかく、切なく胸に残った。
(・・・なんだ?)
適当な場所で止めるぞ、と云って人気のない道の端に車をつけて、2人は浜辺へ降りていった。一本くらい酒じゃねえだろ、と缶ビールをすすめたが、近藤は「いや、いいよ。お前呑め」と力なく笑って辞した。
「ま、おまわりだしな、一応」
と云いながら高杉は一升瓶を傾ける。
「そうそ、俺ァ酒が入るとタガが緩んじまうしな」
どっかりと腰を下ろし、ぼんやりと水平線に目をやる。あいつらが、泣きっぱなしなのに、俺まで泣くわけにいかねぇだろう。
総悟は実際に子どもだが、病院で以来は子どものように泣きはしない。けれど時々ふらりと姿を消すのは、あれは泣きに行っている。サボりならあいつは絶対に見つかる場所に行く、探しても見つからないのは、泣いている証拠だ。・・・トシも、トシが、毎晩水割りセットを持って部屋に帰るのは、ありゃ呑むためじゃねぇ。呑んでるかも知れないが、そんなに強くはないんだ。きっと氷で瞼を冷やしている、でなけりゃ腫れちまって仕方がないんだろう。でなけりゃあんなに、眼の怪我の治りが悪いはずがない。泣いて擦って冷やしたりしてっから、いつまでも眼の怪我が治らねぇんだ。
知り合いが、1人死んだってこんなに辛いんだ、あいつは・・・土方が眼帯をしているのを思い出して、高杉のことを考える。
ふと辺りを見回すと姿がない、慌てて立ち上がると海辺で足を浸して突っ立っている。
ガキみてぇ、と吹きだすと「晋助!風邪引くぞー」と声をかけた。人気のない秋の海とはいえ、大声で御尋ね者の苗字を叫ぶのは気が引けた。何より本人の機嫌が悪くなる。ならばあんなに目立つ風体をしなければいいのに、挙句下の名前を呼ぶなだのと怒るし。強張った表情から少し力が抜けるのを感じた。

「晋助!風邪引くぞー」
振り返れば、逆光で、その向こうにある雲が光って、その淵が輝いている。淡く、やさしげに。穏やかに、ああまるで穏やかに呼びかけられるおおらかな声。あ、と思った。思い出した。
遠足だと云って海に連れて来てくれたのだ、あの人が。ほとんどが海を見るのは初めてというガキばかりで、わらわらと秋の冷たい海辺に群がっては騒ぎ、一人外れた所でいつまでも足を浸している高杉に、そう、同じ言葉をかけたのは、あの人だ。
あの頃、それが気恥ずかしくて、振り返った顔をまた海に戻していたら、さくさくと足音をたてて近付いて来たのが分かった。「いい天気だなぁ」、そしてそう云ったのだ。
記憶違いかも知れない。何しろ俺は酔っている。先生と、近藤みたいなゴリラを一緒にするなんてとんでもない酔い方だ。
そう思いながら、また海の方へ顔を向けた。
さく、さく、さく
幻聴かと思った。ああ、記憶違いではないらしい。こういう感じだった。
けれど、振り返ったら、そこにいる男は俯いて泣いていた。嗚咽を堪えて、声を立てないようにして。肩が震えている。俯いて、だらりと体の横に垂らした拳だけきつく握り締めて、鼻をすすって泣いていた。
泣いていた。
子どものように泣いていた。













END

ミツバさんの死後、沖田と土方がボロボロでしょうので、近藤さんはしっかりしなくちゃと思っていたんじゃなかろうか。でなきゃミツバさんが安心して眠ってられねえ、とかって。
2人の辛さを思うと、泣けないような人な気がして。

拍手メッセージお返事
★9月29日、23時「果てる光」へのお言葉をくださったあなた様。
抽象的な言葉だったのですが、堪えて堪えて壊れそうな感じを受け取っていただけて、本当に嬉しいです。
こちらこそ、力強く真っ直ぐなメッセージ、胸に来ました。
すごい言葉の力だと思いました。
私の方こそお礼を云いたいです。有難うございます。メッセージ、とても染みました。書いていてよかったと思いました。


★10月4日、22時「爪遊び」と「カナリア」へのお言葉をくださったあなた様
光栄です。何しろ予想以上にエクソシスト自体が少なかった上に、本当に女性が少ない世界なんだなぁ、とその後本編で判明し、ああ女性陣の安らぎって・・・と思っていたもので。微笑ましいと思っていただけて、うれしかったです。シビアな戦争の世界のようですから、そこで頑張っている女性尾の姿を描きたかったのでした。
そしてまた近高というマニアックカップリングを読んで下さっているのが・・・光栄です。微苦笑。
そしてまた書いてるって云う・・・。ありがとうございました!


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