銀の鎧細工通信
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2006年10月16日(月) 花冠 (銀時・沖田 ミツバの死と周囲の者)

電話があった。「たぶんしばらく帰らねーけど、心配すんな、そのうち帰っから」とだけ云って切れた。
嫌な気分がした、電話の向こうで聞こえたアナウンス。「・・・さん、5番診察室へお入りください」、それは病院内の公衆電話だ、と思った。
こうして待つだけで、ただ立ち尽くす恐怖を、知らない者は知らないのだ。
雨ばかりの故郷での気色が甦る、かなしい爪痕が胸の傷に沁み込んでくる。


「いやアル!マミーがんばって、きっともうすぐパピー帰ってくるネ!だから、だから」
私を置いていかないで、病床に臥して長い母親には云える筈も無かった。兄は帰って来ないだろう、帰って来ないでくれた方がいい。けれど父は。
いつもいて欲しいときにいない、それでも待たずにはいられなかった。取り残された不安に、更に独りぼっちになるかもしれない恐怖が加わり、雨音に神楽の悲鳴は掻き消える。音も無く雨音に削られて崩れていく命、叫びは誰にも届かない。
流れていく雨に、母親がさらわれてしまう!!
誰かを呪わずにはいられなかった。重くたちこめる黒い雲を睨んでも睨んでも父親は帰らず、母は1人死んだ。
神楽は1人故郷を離れた。もう無人の城砦に、用など無い。朽ちて落ちた花、記憶の海に全てが沈んでもう手は届かない。船は出て行く。繋いだ手は力なく落ちた、足もとは崩れて踏み外した。
「まさか、この私があのウスラーより先に逝くとはね・・・佳人薄命?って、やつかしら・・・?ねぇ神楽・・・」
暖かく思い出の海の中で心地よく揺れている、家族の面影も、もう自分を引き止める何にもならなかった。
雨音を聞きながら、自分がここを離れたら、誰が父に愛した女の死を伝えるだろう?私の行く先を誰が教えられるだろう?そう思っても、出航のベルが鳴って、多くの想いが白骨化していくようだった。


「銀ちゃん・・・」

誰かが、死ぬ。耳にこびりついた雨音の残響が甦り、神楽はうずくまる。






何を訊いても「知らないアル、でも電話はあったヨ。だから生きてるアル」としか神楽は答えなかった。銀時はしばらく帰って来ていない。
久しぶりに帰宅した銀時は、目の下にクマをつくり、あちこちに擦り傷とアザ、服はまた裂けて汚れている。その中に病院の臭いが混じっていた。それと、焼香の、におい。
忘れられないにおいだった。
そのにおいとともに、姉と2人の日々ははじまったのだ。「嘘の笑い」と散々幼馴染に云われたのは、まだ記憶に新しい。
姉はいつも笑っていた。主をなくして砂に埋もれていくような道場で、2人過ごした。金こそ無く、無力な自分たちを苛む出来事はたてつづいた、それでも全てを崩れさせるわけにはいかなかった。
新八は母の死を覚えていない。その分だけ父を愛したし、父も姉弟を可愛がった、慈しんだ。妙の辛さなど、知っていた。だからこそ固く繋いだ手を、けして離さないと思い続けてきたのだ。
白い仏花に埋もれていく父、泣き笑いをした姉。
暖かな思い出に満ちた家を、道場を、砂に晒され風化していくままになどできない。それでも、ただ立ち尽くしてしがみついて、静まり返っていく道場はいつも寂しかった。
胸の中の何かが、崩壊寸前で身をよじって叫びをあげていたのは知っていた。だからこそ強く信じた。
姉上の手を離さない。


「銀さん・・・」

誰かが、死んだ。焼香と仏花のにおいが甦り、新八は何も云えずに立ち尽くす。







誰が、死んだ?






銀時は何も云わない。















どんな足掻きも、もう追いつきはしない。

柔らかな花に包まれて、姉の棺は燃やされた。煙が細く、高くのぼってゆく。

ひどく静かに思えた、大きな仕事が終った後の様に。自分は何にも出来なかったくせに、戦い暮れた後のような。何もしていないのに、
何もできなかったというのに!!
むしろ戦いを終えたのは姉ではないのだろうか?
手のかかる弟を抱えて1人で生き続け、病を押して自分をそっちのけで愛し、想い続けた。けして振り返らない背中を見つめ続け、叶わないと知った上で尚無事を祈り、愛し続けた。
自分は、自分たちは、姉に全てを押し付けて背負い込ませて生きてきた。そこに葛藤や苦痛が無かったわけではない、けれどもう何もかもが手遅れなのだ。この胸に咲いていた、一輪だけの大切な花は散ってしまった。最期まで瞼を開けて自分を柔らかに見つめ、微笑み、愛し、想い、その手は最期まで暖かかった。
どれだけ泣いてもまだ涙は出てくる。際限が無い。掻き分けても掻き分けてもこぼれ落ちて、両手を埋めてしまう砂のように。
ああ!ああ!この口に、喉に、肺に、心臓に血管に眼球に耳に腕に足に!もう何も宿らない、命の無い砂ばかりが詰まっているようだ!!
姉は苦痛から解放された。身を蝕む病魔と、心を痛めつける全ての、自分をはじめとする想う者から。
だのに、その自分は何を返せたというのだ。
何も返せていない、何もしてやれなかった、できたかもしれないのに、しようとも思ったのに。
思っただけだった!願っただけだった!何もできやしなかったくせに!!
砂の涙が息を止める、胸を塞ぐ。それでもこの心臓は動いている。
吐き気に襲われて沖田は1人、待合室からころがるように飛び出てきていた。
空気を求めて、外まで駆けていけば、潅木に突っ込み、吐くものなど何も無いというのに吐いては、黄色い胃液を溢した。
ゼィゼィと不規則に乱れた呼吸のまま、生垣からふらりと出て来て、そのまま前のめりに芝生に倒れこむ。頬をすりむいたようで、ひりひりとした痛みがはしったが、それが何だというのだろう。
俺は失敗した・・・!
姉上は俺の歩みを許してくれたのに、その俺が姉上の足を許さないことになったんだ。姉上の道を壊した。
どうして、どうして俺を許してくれたの、どうして!
あの時俺が、この選択肢を斬り捨てて、あなたを選んだら、何かが変わっただろうか。
姉上を選んだら、変わったというのか?
叫んだつもりだった、けれど声はかすれて喉にひっかかり、奇妙な呼吸の漏れる音が響いた。
肘を付いて上体を起こし、焼き場を見上げればたなびく煙が目に入る。瞬間、目を見開いてはまた突っ伏して吐く。今度こそ唾液しか出ない。はらわたが千切れるようで沖田は芋虫の様に身をくねらせた、丸まって吐けないまま嘔吐感だけが治まらない。
涙と鼻水と反吐にまみれながらのたうちまわり、愛しい面影がよぎって消える。
叫んでも叫んでも足りない、吐いても吐いても追いつかない、狂っても狂ってもどうにもならない。もう何にもならない。





自分の選んだ道は、自分にとっては正しかった。そう強く信じていた。

自分から、結んだ手を切り離してしまっていたなんて、思っていなかった。

失くすまで、思い知らされ、なのに応えてくれる者がいなくなるまで。




静まり返る広い火葬場に人気は無い。
内輪の者は、待合室にいるはずだった、姉が骨になって出てくるのを・・・!
芝生に黒い濡れたしみができる。臓物ごと吐き散らかせられればいいものを。
もう沖田が何をしようとも、土方が何をしようとも、あの日々を呼び戻すベルにはならない。
穏やかな日々は返らない。
花がそっと咲きほころんだような姉は帰らない。
愛された自分は帰らない。
選んだ道を歩む自分を祝福してくれた姉は帰らない。
固く繋いだ手は返らない。
許されたままの自分が取り残され立ち尽くす、愛する人が砂に埋もれていく、消えていく、滅びてゆく。焼かれて灰になって、自分を許せないままの沖田を残して。
これが報いか。
これでは足りない。
こんなものでは足りない。
自分の苦しみは、こんなのでは、全然。
何のために自分の足はある?何のために自分の腕はある?何のためにこの頭はある?何のためにこの眼はある?何のためにこの耳はある?何のためにこの喉はある?
こんな景色を見るためか!
こんな世界を生きていくためか!
獣の様に咆えても、届かない。
ふきだした涙で景色が滲む。
それを拭い、沖田は目を上げる、立ち上がる。炎に呑み込まれて包まれている姉を見ては吐き、煙のにおいを感じてはうずくまってしまいそうになる足と膝を踏ん張り、耳を塞ぎそうな手を押し留め、吐いてはよろけ、よろけては真っ直ぐ立とうとし、喉が潰れかけて声がでなくなっても叫び続け、刻み付ける。
これが報いだ。
こんなものを見るために、今俺は、まだ俺は生きている。
他の選択肢を斬り捨てて、あなたを残して進んだ俺は、最期まで瞼を見開いて、滅びゆく瞬間を看取るために、まだ、こうして生きている。












―愛しい人よ 君に出会えた喜びに
 花咲かせた 穏やかなわたしはもう いない―








END

インスパイア・引用:天野月子「花冠」

はからずもなんですが、近藤の哀しみ編と土方の哀しみ編みたいなのが続いたので、ああじゃあ沖田でも書かなきゃな、と思いました。
そうしたら弔いシリーズとなりました。
沖田を誰と絡めて書くか悩んだまま書き始めました。陸奥でも妙でも神楽でも、これまでの2人の話には女性を出していなかったので、この3人が候補でしたが、一番苦しい人間と対峙させるのに女性を出すのは、私の嫌いな「女性=母性=赦し」みたいな構図になってしまうと悩みました。
考えてみれば、銀魂には大切な人を亡くしたキャラクターが多いんですよね。家族関係がヘヴィ。殺しあってたり死なれていたり、孤児になっていたり、そもそも家族が不明だったり。勿論、大切な人というのは親族ばかりではないです、全然。高杉を筆頭に攘夷組は皆そうですし。
結局、それぞれの一人語りになりました。

あの話での苦しみの深さを思うと、私の言葉が足りないです。こんなもんじゃないだろう、とままならない、描き出せないことが苦しかったです。
それくらい原作が辛かったのだと、改めて痛感しています。


拍手メッセージお返事

10月12日19時のあなた様
あの後の彼らが補完されるようだなんて、光栄どころか恐れ入ります・・・。自分でも予想以上にこたえていたようで。
そういう時ほどね、おいしく物を食べられるのがまた辛いんですよね。拙い料理描写を美味しそうと云っていただけて本当に嬉しいです。
おお!!これまでのジャンルでも、Cocco好きさんには出会っていたのですが、天野月子好きさんは珍しく、内輪以外で天野月子好きさんに5ネンジャーシリーズを読んでいただけてたんですね!わたしこそ小躍りです。
そうか聾・・・と思ってムーンチャイを聴きなおしていたら、あら・・・?花冠って・・・と思って書いたのがコレです。
お陰さまで、安産でした。よきインスパイアをいただけまして、本当にありがとうございます。
しかし聾は本当に史実妄想の近藤処刑後の土方ですね・・・!
銀魂では、原作以外の死にネタが書きたくなくって、書けそうにも無いですが心惹かれてしまいました。苦笑。うう、でもあれは土方が辛すぎる・・・。
励みになり、またひとつ生むこともできまして、心よりお礼申し上げます。
あなた様に読んでいただけたこと、うれしくありがたく思います。



そうえば、mixiはじめました。
ここを読んでくださっている方と交流がとりたくて。苦笑。
普通にこの名前でいますので、よかったらお気軽にお声かけてください。


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