銀の鎧細工通信
目次


2006年09月11日(月) カナリア (陸奥坂本、近藤高杉)

 
 歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか
 いえいえ それはかわいそう
 歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょか
 いえいえ それはなりませぬ
 歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか
 いえいえ それはかわいそう
 歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい
 月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す

                   童謡「かなりあ」


「これ以上、仲間が死にゆうんを見るんは耐えられんがじゃ」
そう云ったのは、あの男。
「こんなにも仲間が殺されて、もう闘いを止める理由なんぞ少しばかりも残っていない」
そう云ったのは、あの男。
獣と一緒に散歩に駆け出すように全て置いて走って行った。
それを見送った者は、獣とともに足に食い込む罠に血を流してのた打ち回る。
この血まみれの足で、罠ごと捕らえに来る者を殺して食って、罠にかかったままで生きられるだけ生きて殺すと。
誓った。願った。吠えた。泣きながら吠え続けている。

もう歌は歌えない。




大規模な武力行使がなされたのは、もう5年前になる。
犯行声明も出されないままに、現実に存在するかも判らない個人とその関与するとされた組織が潜伏していると見做された街が空爆を受けた。
元々が軍閥政治が跋扈し、戦国時代のような国では他所からの武力による介入で真っ当な政治が可能になるはずもなく、殊更に乱れた政治は、治安と人心と壊して尚、いまだ空爆は繰り返されている。
「飛行機ばぁ、戦争の道具に使うなんちあんまりがじゃ」
新聞を抱えたままで苦い顔をする。「速度的にも視点的にも軍事兵器にうってつけじゃろー」鼻を鳴らしつつ、ただ単に広い空へと思いを馳せた挑戦が、人殺しに特化されるなどというのはあんまり野暮だ、とも思ってはいた。
人を動かすのは政治でも思想でもなく、利益だと豪語することの重圧は、並ならぬものだった。何度、坂本は地球で「金のために思想と仲間を捨てた裏切者」と云われたか、何度陸奥はそれを見たか。殴りかかろうとすれば、「ええんじゃ、ええんじゃ」と押さえられた。
「なんがええんがか。なんもしちょらん奴らに、おまんが何でそがぁなこと云われんといかんちゅうがか」
今ではそうした声も減り、陸奥自身も落ち着いては来ているものの、外圧に支配されながらもそれなりにこの国がうまくいっているのは、海を挟んだ隣国での戦争特需により金が沢山入ってきたからだ。
戦争にも抵抗にも疲れ果てている中、儲かることで「じゃあまあいいか」と思えた人心の軽さと薄情さとしたたかさは嫌いではなかったが、そこに胡座をかいて、矢面で体を張る人間を図々しく攻め立てては得意げにする輩は許しがたかった。
「なんも自分じゃしちょらんくせに、文句ばっかり一人前じゃきに」
テンションの低い、抑揚に乏しい声でぶつぶつと溢す。それが人間の姿だと、ペシミスティックになれるほど世の中を皮肉った目で見ることはできなかったし、そういう批難をしても何の解決にもならずまた、無言で抗する日々を生き抜いていく人々の方が声を荒げて闘った者より劣るなどとは思わない。けれど。
自分が信じたものの、それによって流れた血に殉じるなどという古典的な侍の気風を廃してでも、仲間も星も戦場も全て捨てて宇宙へ向かった人間を、不用意に攻め立てることの安直さに苛立ちは隠しがたかった。
現在、天人との外交で得をしているのは幕府関係者の一部でしかない。
その利益は庶民には行き渡ってなどいない、だとすれば民衆の間で不満が消えないのは道理だ。
通じなくても、闘い続けるという姿勢はひどく自己満足的で、けれどその独り善がりの中にも人は集まってくる。陸奥もその1人だった。
山に棄てられ、藪の中に埋けかけられ、柳の鞭でぶたれて、それでも歌える歌など持っていなかった。知らないものは初めから歌えない、だのに、坂本の姿勢にはうたがあった。そう思った。
うたがあった。
陸奥はうたなど知らない、だのに。
だからこうしてついて来ている。
「あがぁ、無駄死にばっか見ゆうは、もう厭じゃったが」
坊ちゃん育ちの根性なし、そうも罵られた坂本は、当時の仲間から見れば歌を忘れたカナリアであったが、ただ違う歌を覚えただけだった。

本人は詳しくは語らないが、坂本が戦地を離れる際にどれだけの争いがあったかは、出会う者出会う者の態度からも想像には難くない。何も云わなかったのは銀時だけじゃ、とかつてそれだけ云った。おそらく主力では桂ですらもいい顔はしなかったろうし、高杉にいたっては絶縁だ、くらいは云っただろう。何しろ、無駄死に、などという言葉が彼の逆鱗に触れないはずが無い。




激しい物音に続いて、物の落下する音が響いた。それに驚き、咄嗟に顔を上げるものの、さらに見続ける気力のある者は少なかった。
「もう一辺云ってみろ!!」
激昂した高杉を抑えるものは居ない。もう、仲間のいい争いを、揉め事に和って入れる者が居ないほど疲弊した戦場。
「おお、こがぁな戦争続けちょっても、仲間ば無駄に死ににゆかすようなもんじゃ・・・わしは、もう厭がぜよ」
夜の廃寺では、その内といわず外といわず、疲れ果て傷付いた攘夷志士たちが休んでいる。もう負け戦の色が濃厚になり、決定的になっている頃だった。
「ふざけんなよ・・・!そんなこと抜かして逃げやがんのか、じゃあこれまで死んだ奴等はどうなる!?殺された奴等は!!無駄死になんて、生き延びてる奴が云っていいことと悪いことがあるだろうが!」
高杉は既に片目とともに鬼兵隊を失っており、もう後に退くことなどできない精神状態にあった。叫べば、真新しい傷が開き、目にまかれた包帯に血が滲んだ。ここまで戦ってきて、その姿を見て胸が壊れそうなほど痛まない筈が無い。けれど
「だからこそじゃろうが!じゃあなんちゅうて云えばよか!?全員、ここに居る奴等みんな死にゃあええちゆうんか!そがぁなことしても誰も喜ばんじゃろうが!ただ天人ば喜ばせるだけやぞ!」
珍しく声を荒げた坂本を、静かに制止する者があった。
「坂本、高杉も・・・皆の前でするような話じゃないぞ・・・」
あちこちに包帯を巻いた姿で、蒼白な顔色をしながらそれでも仲裁に入れるのは、主力を担っている面子のうちの誰かでしかなかった。
「そうそ、みんな寝てるっつーのにお前らぎゃあぎゃあうるさいんだよ」
舌打ちをして、「好きにしろ!俺は死ぬまでやめねぇ!やめるわけにはいかねぇ」と吐き棄てて出て行った。
「辰馬ァ、本当のこと云いたいのは解るけどよ、今のアイツに云っても無駄だよ」
既に銀時は坂本の意思は聞いていた。桂も渋面で「そうか・・・」としか云えなかったような戦線離脱の意思を、手負いの獣となっている高杉がまともに聞ける筈は無い。
「解っとる。ただ今ば喧嘩別れででも、何も云わんまま居らんくなるんは、もっと裏切りじゃとアイツは思うきに」
切れた唇からじわじわと出てくる血をぬぐいながら、苦笑いを浮べて立ち上がる。「ここで殴られとけば、まぁマシだって?」がしがしと頭を掻き毟る。「どがぁしても、わしの自己満足ちゃ」、また苦笑を浮べた。桂は黙りこくっている。





「戦争なんぞなんも生まん、人も物も、無くす一方じゃ」
5年前を振り返る記事の載った新聞を机の上に放り、また呟いた。
「そうじゃな・・・」
と応えながら、陸奥も、坂本自身もそうは思えない人間がいることはよく解っていた。本当のことを云えば、許せたから殴り返すのを止めたわけではなく、ただこれ以上の殴り合いで自分の側の人間ばかりが死んでいくのが解ったから、手を止めただけなのだ。許せないという血なまぐさい感情が全く消えたわけではない。





許せない許せない許せるわけが無い。
死んだ仲間に詫びるのは、自分が死ぬその瞬間。生きている限り、詫びることは出来ない、そんな資格も無い。忘れた歌は、もう思い出せない。思い出すつもりも無い。
坂本が別の道を歩み始めたしばらく後に、ふっつりと銀時が姿を消した。戦場で天人を蹴散らしたまま、そのまま姿を消した、と戻ってきた仲間が云った。桂も高杉も探そうとは思わなかった。その段階で仲間は散ってゆき、桂は何人かとともに離れたが、高杉は1人でふらりと消えていった。西に行く、とだけ云っていた。

山の中を逃れ、藪の中に隠れ、もう仲間など要らないと思った。殺された仲間だけで、背負うのはやっとだった。これ以上にはもう誰も何も背負えない。
そう思っていても、高杉を慕う者は、その後を付いてきた。ただ何となく手を組んでいるだけで、信用ならない者も多かったが、それは高杉自身が先ず信用していないのだから、信用しろというのもおかしなことなのだ。
もうどうとも思わない。利用したい奴は利用すればいい、俺だって使えるものを利用しているだけだ。もう、誰も信じない。もう、充分だ。
「おい、おい!」
肩をゆすぶられて目を覚ました。跳ね起きれば
「うなされてたぞ」と自分を覗き込む姿が片目に見えた。
「こ・・・んどう」
ガラガラにしゃがれた声に自分でも驚いた。宿で居眠りをしていたらしい、人の気配に目を覚まさない自身を忌々しく思った。確かに近藤に殺気はないが、とはいえ油断をしすぎている。どんな夢を見ていようが、起きて見ている悪夢と何ら変わりはないはずだというのに。
「すげー声してんな、二日酔いか?」
豪快に笑いながら水差しを寄越す。そのまま口をつけて飲み下し、喉まで流れた水を手の甲で拭った。「足してくるか?」と訊くので、「いらねぇ」と高杉は応えた。
「お前ちゃんと布団で寝ないから、あんな風にうなされんだぜ」
高杉の抱えている悪夢をわざと見ない振りをしているわけでもないが、わざわざ殊更に蒸し返しもしない。ただ、抱えているものごと高杉という人間に向き合っている。
信じあっているわけでもなければ、利用しあっているわけでもない。近藤は何の情報も高杉から訊き出そうとはしなかった、だから高杉も「お前の情報なんかいらねぇよ」と訊こうとはしない。
仲間にもなれず、友達にもなれず。
片目とともに仲間をなくし、歌を忘れたその時から、近藤は何故かいる。
歌を思い出させようともせず、ただ居るともなしに側に居る。
江戸を離れればいいのだと、思っていながら、高杉は動けないで居る。
歌だけでなく、泣くことも忘れたというのに。

 
 歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか
 いえいえ それはかわいそう
 歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょか
 いえいえ それはなりませぬ
 歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか
 いえいえ それはかわいそう
 歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい
 月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す

                   童謡「かなりあ」





END










銀鉄火 |MAILHomePage