銀の鎧細工通信
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2006年09月09日(土) Re:road  (市丸乱菊市丸、乱菊と狛村)

「溜息ばかりつくと、幸せが逃げるというぞ」
地震かと思うような重低音が響いて、びくりと身を震わせた。
「や・・・っだぁ!狛村隊長!吃驚したじゃないですか」
取り繕うように見せた笑顔も、哀しみを湛えた深い目に晒されれば、力ないものへと戻る。
「・・・古風なコト、云いますねぇ・・・らしいって云うか。」
資料室の机に書類を立て、トントンと整えながら
「幸せか。幸せかはわかんないけど、・・・もう、逃げられちゃいました」
斜め向かいに腰を下ろした狛村は「逃げたものは、また捕まえなければな」と地鳴りのような声を出した。響き渡り虚ろへと流れ落ちていくかのような、物悲しい音だ。
この規律ある組織の中に入るまでは、毎夜のように不安と恐怖に苛まれた風の唸りにも似ている。今は、懐かしさすら込み上げる音。
「そうですね・・・」
窓の外からはすっかり秋の風が入ってくる。
もうじき、菊の咲く季節。











「乱菊、誕生日に何や欲しいモン、ある?」
今くらいから、時折この質問が繰り返された。
「いっつもアンタ訊くだけじゃない。別にいいわよ、子どもじゃないんだから、祝われたってどーってこともないわ」
かつては、誕生日というものに憧れた。いつ消えるとも判らない日々を、生き延びて重ねられる年月を、確かめる唯一の記号だと思っていた。
もう昔のようには弱くはない。生き延びられるだけの力は得た。
「そないなこと云うて、おたくの隊長の誕生日に派手にやっとったやないの」
突然、執務室にふらりと現れてはぶらぶらと部屋をうろつきながら雑談し、去っていった。いつも乱菊1人の時を見計らい。
「あの人は、まだ子どもだもん」
ニィと艶めいた唇を持ち上げれば、狐面に張り付いたような笑みを深くして
「それ、本人に云えんやろ」
と云う。窓のふちに止まったとんぼの目の前で指を回す。
「勿論」
眉を上げて胸をそらせば、
「なに威張っとんのや」
と振り向いて、今度は声をあげて笑った。笑った。笑っていた。







「連れ戻さなくちゃ、ですね・・・」
訊きたいことよりも前に、張り倒したかった。
何故なの、と応える者の居ないまま独り問いかけ続けることにはもう倦んだ。
何故、よりも、その前に思い切り殴り倒したかった。
狛村がそのような野蛮なことを考えているかは、定かではない。けれど
「ああ」
と応える中の声の震えに、静かな居住まいの中に抱える気持ちは推し量れた。(この人に殴られたら、倒されるどころか吹っ飛ぶわね)と乱菊は思う。弧を描いて中を舞う東仙の想像は、シュールすぎた。
(アンタがあたしの、幸せだなんて、思ってやしないけどね)










(ギン)












「何処行ってたわけ?あんまフラフラされると、あたしも家空けられなくて迷惑なんだけど」
洗濯物を畳みながら睨み付けると、悪びれもせずに
「コレ作っとったんや、早いけど誕生日おめでとな乱菊」
と後ろ手から綺麗な布の塊を突き出した。
「はあ?!作った・・・って!?」
丸められたそれは、広げれば、見た目にもやや歪んだ着物だった。模様こそ華やかではないが、いかにも乱菊に似合いそうな色のものだ。
「仕立て屋にな、住み込みで働いて、稼ぎながら習ったんや。番号の若い街だったんやで・・・やっぱ違うたわ」
得意げに笑った。そんな堅実なことが出来るのか、お前が、と唖然としながら、うれしさは堪え切れなかった。
「ありがと・・・。実はさー!また胸が育っちゃって、困ってたんだぁ!」
乱菊の照れ隠しなど御見通しだと、「そやろ、乱菊胸ばっか育って頭ようならんな」とさも哀れっぽく悪態をついた。
「うるっさいわよ!!あんたこそゴボウみたいにヒョロヒョロしやがって!」
ぎゃあぎゃあと取っ組み合って笑い、袖を通して見せれば「似合う似合う、さすが僕や」と笑った。
「アンタは?誕生日。もう、すぐ」
「僕はええねん。乱菊がおってくれたら、ええねん」
「うわ、寒。キザ、バカ、キモイ。嘘つき」
最後の単語には本心がこもった。
「ほんまや」
期待したって、だめなんだ。
期待したって、こいつはだめなんだ。
そうは解っていながらも、信じたかった。
するだけ莫迦を見る期待を、想うだけすり減るような信頼を、どこにも行き場のない情を、持て余しながら。それでも気分屋はお互い様で、
(違う。あたしは気分屋で我儘で自己中だけど、アイツは単なる根無し草だった)
信じたかったのは、あの日このまま消えてしまおうと思った日に拾われたからで。共に日々を分かち合える初めての存在だったからで。
(期待なんか、してなかったけど。やっぱり、アイツはだめだった)
来た道を戻るような真似は嫌いだ。
ろくなことがない。わざわざ振り返りなどしなくとも、今の自分がその歩んできた道を何より反映しているのだと考えていた。
期待したって、だめなんだ。
信じたって、アイツはだめなんだ。
ああやっぱり、と突きつけられる刃のような虚しさと、信頼し期待し情を分かち合っていたと思っていた者に突如として振りかざされた刃のような絶望と怒りと衝撃と哀しみ。比べてみたところで意味などない。



「狛村隊長」
異常な巨躯の少なくないこの世界でも、やはり廷内で一番大きい体の持ち主と思われる男は、1人掛けの椅子を幾つか並べて腰掛けている。乱菊からはその体の大きさで、椅子を幾つ使っているかは見えない。もう慣れているのだろう、美しい居住まいできちんと座っている。
「うん?」
乱菊を見据えないまでも、顔を傾けて呼びかけに応じる。
堅物で融通の利かない生真面目者だと定評のある狛村は、その一方で穏やかな性質だった。だからこそ、人付き合いのろくろく無かった東仙と通じ合う部分があったのだろう。
いつしか檜佐木がもらしていたのを乱菊は酒の席で聞いていた。
「うちの隊長は何考えてるのかさっぱりわからねぇ。まあ、何考えてようと平穏であることに執着してるんであれば、お前んトコの隊長よりいいけどな」
「うるっせーんだよ!俺は更木隊にしか居る気は無ぇんだから!!それよか、射場さんはどーなんすよ、まァた母ちゃんのためだからって妙な隊長ンとこ行っちまってよぉ」
「じゃけぇ違うゆぅて云っとるじゃろう。とんかく、人は悪くないぞ。得体は知れんが、こちらの方がわりゃぁ苦労せんかったかも知れんな、檜佐木はまだ若いけんのう」
「はは、確かにそーっすね。正体は不明だけど、いい人っぽいもんな。大人の仕事付き合いは射場さんに任せたかったすよ」
穏やかで、正直に放たれた返答の優しさに、(修兵は不器用だけど真面目で優しいから、確かにこういう解りやすい誠実な人のところのほうが苦労しなかったろうな・・・こんな形で隊長みたいになっちゃって、ってあれは可哀相だわ・・・)といつかの酒宴のざわめきに同調しながら、
「少し、やつれました?」
どういう経緯で生まれた魂なのかは不明ではあるが、驚きが消えればいっそ可愛らしいとも思えた。猫態を好む四楓院家の姫君(事件後、空鶴との酒宴に招かれて以来、乱菊はすっかり懇意にしている)がじゃれついてからかう様は、どことなく「剣八とやちる・・・」と人々に思わせたものだった。
「いや、換毛期だからだろう」
乱菊の猫目が丸くなった。
冗談として笑っていいのか、笑ったら傷付くのか、そもそも本当なのか。けれど隠すことを止めたこの人になら、こちらも隠さずに接すればいいのだろう。素直に。
「え、その大きい体で抜け替わりがあったら、すーっつごく、大変じゃないですか?」
堪え気味に低く笑いながら「ああ、絨毯どころか布団が何枚も作れるだろうな。すまん、嘘だ」と云う実直さは、大変に好ましい。
「ぶはっ、あはははは!勘弁してくださいよ、狛村隊長の冗談にはまだ慣れてないんですから!思いっきり真に受けちゃったなー、もう」
ひやりとした風が止めば、陽だまりは暖かい。市丸の誕生日はそういう気候の時期だ。中途半端で、油断すると直ぐに風邪をひく。季節の変わり目。
「松本と、・・・市丸は・・・どこか掴み所の無さが似ていると思っていたが・・・お前は案外に素直だな」
タブーとなっている名前も、狛村が口にするのは嫌味が無い。そんな風に思われていたのか、この人こそ案外周りを見ていたのだな、と感慨が湧く。
「ふふ、似てませんよー・・・心外だな。でも素直っていうのは有難く頂いちゃおう」










「ほんま乱菊は素直やないなぁ」
可愛げが無い、愛想が無い、昔はよく云われたものだった。食い物にされる可愛げや愛想や素直さなど、もつだけ損をするのだ。
「アンタみたいなのに素直にしてたら、あたしの素直が減るわ!勿体無い」
素直などというものの無い相手に、素直にしていたら、疲れるだけ。しんどいだけ。そんなのは御免だ。
最後の一言まで素直じゃなかった、あんなものは素直とは認めない。頻繁に夢の中で聞こえて目が覚める。
『ご免な』
跳ね起きて、冷や汗が背筋を流れ落ちて鼓動が耳障りなほど大きい。
「くそ・・・・・・っ」
唇を噛み締める。布団を握り締める。








「冗談はおいといて、確かに少し痩せたかも知れん。・・・松本も顔色が悪いな、眠れているのか?」
達筆すぎて読めないような字で書類に筆を走らせながら、とつとつと言葉が落ちる。
「最近眠れないんです」
「そうか・・・」
殊勝な声で乱菊が応じれば、お通夜のような声を出す。
「うちの隊長が夜泣きするんで」
筆からボタリと墨が垂れた。怒ったかとも思って乱菊は少し身をかたくしたが、お互い様だ。
「・・・あんまりだな・・・」
声が震えているのは、笑いを堪えているかららしかった。
「やはり、お前は市丸と少し似ているよ。そうして本音を隠すところなどが」
本音を、隠す。
不覚にも鼻の奥がツキンと痛んだ。(悪い男ねー狛村隊長ってば。タラシの素質、大有り)
本音は小出しに。涙は目からは溢さない。
「嬉しくないんですけど、やだなーもう」
「すまんな」
「そんなあっさり謝られちゃってもねーぇ」
小さな声で互いに笑いあった。







(ギン)








資料室を出ようとしたら、「美女と野獣が繰り広げられている」と集まった野次馬がバラバラと飛ぶように逃げて散った。
「お主ら最近仲がいいようじゃな、まぁ他では出来ぬ話もあるのであろう」
1人残った野次馬が黄金色の瞳を少しばかり細めた。
「乱菊、日番谷が探しておったぞ」
「アラ、またうちの子が泣いてるみたい。じゃあ、狛村隊長、失礼します。」
突拍子の無いながらも、悪質な冗談の色が濃厚な単語に夜一がふき出した。狛村も「ああ、ご苦労」と応えながら既に笑ってしまっている。
「夜一さんも、わざわざ有難うございます」
ホホと誤魔化すつもりの無い誤魔化しのポーズを取れば、「いや野次馬ついでじゃ、のう”美女と野獣”」と乱菊を真似てホホと口元に手を当ててニヤニヤと笑う、今度は2人がふき出した。
じゃ、と後にすれば、背後から「どうじゃ左陣、ちょっと散歩にでも行かんか。根の詰めすぎじゃお主は」「は、有難きお言葉」「かたっくるしい奴じゃな・・・」「夜一殿がそういう者にばかりちょっかいを出したがるのでしょう」「ほう!云うようになったではないか!砕蜂にも見習わせたいものじゃ」「はは、本人に聞こえたら悩まれてしまう。ではお供仕りまするぞ」
遠く遣り取りが耳に届いた。


変わった。

変わっていった。
悪いことの大きさに対し、喜ばしいことのあまりに小さなささやかさ。
それでも、来た道を戻るよりは、マシだ。
今はもう、独りで居る時の乱菊の表情に気付く者はいない。
独りの時に乱菊が作っている表情に気が付き、他愛なく訪れる者は、もうひとりもいない。ここにはいない。

それでも、惜しいところまで読んでくる存在は居るのだが。


「松本、資料が見つからなかったか」
「いえ、狛村隊長と楽しく歓談を交えながらこなしてきましたよ」
「そうか、だったら、いい」
「たいちょー・・・あんまり思い悩むと背が伸びませんよ?」
「うるさい、莫迦云うな」
乱菊の微笑みの哀しみの色の濃さ。微笑む時はいつも憂いが目立った。
「松本」
「はい?」

「誕生日だな、もうじき」



「なーんにも、要らないですよ。日番谷隊長がいてくれれば、なーんにも」














END

や、やーびっくり・・・とても楽しかったです・・・。
狛村が。なんだこの人、動かしやすいぞ。おいしいぞ。わんこだぞ。キュン。
狛乱で夜狛で日乱ですね。市乱市と夜砕が前提ですが、狛東とか逆はないです。
楽しいですわ。一角も好きなので、書けたし。射場さんと檜佐木と、とかとにかく呑んだくれてるのが好みです。
資料が無かったので、記憶だけで射場は広島弁だったか?!と思いながら。うう、広島弁むつかしいです。

実は、市乱市の応用編として、自分の中でプッシュされているのが日乱です。
隊長、かっこええオトコになってくれぃ。











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