銀の鎧細工通信
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| 2006年09月07日(木) |
マラケシュ心中 (陸奥銀) |
「あーーーーぢぃ〜〜・・・」 今年は異常気象が続く。5月はほとんど晴れ間がなく、 6月に真夏日があり、空梅雨かと思えば台風が来た。 夏になっても日照時間は短く、曇りに雨がぱらつく事も少なくなかった。 9月を待たずに朝夕はめっきり涼しくなったかと思えば、 寒いとすら感じられる日の翌日に気温が猛烈に上がった。
快晴の日の神楽はもっぱらコウモリだ。昼寝をし続け、 夕方頃に起き出して定春と散歩に行く。 よく熱気のこもる押入れで寝ていられるな、と銀時と新八が 云い合えば、時に応接間でゲル状になっている事もあった。 柳生家での一件以来、新八はマメに家に帰っている。 「も、今日は閉店。ビール呑みに行くのが、今の俺の仕事だ」 うだる残暑は、涼しさを感じたら殊更こたえる。 独りごちて 「そのうち帰る 晩飯は冷蔵庫」 と神楽に書置きをして家を出た。夕暮れ間近だ、そのうち起きるだろう。
熱気の名残に、気温が下がり始めて夜露になりかけの湿気が絡みつく。 水槽の中の様に息苦しい。 今日は歓楽街を外れた、昔ながらの住居の多い区画の呑み屋にしよう、 と決めてふらふらと歩く。どんどんと人込みが消え、ほっと一息つく。 そこいらは、秋の豊穣を祈願した例大祭が近いらしく、様々な飾りが 電柱をつなげて翻っており、晩夏から初秋の気配がしていた。 神社では御囃子の練習をしているらしく、耳に懐かしい音色が聞こえてくる。 町内の提灯が掲げられたやぐらが仕度され、祭りの前のひそやかな活気が なんとも心地よい。 水槽の中を泳ぐような気持ちになるのは、今日は風がないからだと銀時は ぼんやりと思う。少し歩いただけで非日常だ。自分にはあのごみごみした 歓楽街が馴染みだというのに、こうしたものへの懐かしさなど、本当は、 あるはずもない。だのにどうしてだろうか。日暮が鳴いている。 「あ」 風が吹いた、と思った瞬間にカラカラカラカラ・・・と独特の音が 耳に飛び込んでくる。首を傾ければ、真っ白な、風車、と 「陸奥」 無表情の美貌がじっと見つめてきていた。 生成りの麻のシャツを腕まくりし、中に着ているのも白いキャミソールだ。 ざっくりとした麻の、太目のパンツをストンと穿いており、黒のエナメルの ローヒールトングを履いていた。 女の衣服になどあまり頓着しない銀時が凝視してしまったのは、いつもは 濃い色、しかも暗色に刺し色として原色の紅などを用いることの多い彼女が 真っ白に近い衣服に身を包んでいたからだった。 色素の薄い肌は神楽の肌の色に近いほど白い。薄い金に灰色がかった髪も 羽のように羽衣のように軽く、ゆるく纏められている。 夕闇の迫ってきた時間の中で、ぎょっとするほど、ほの白く浮かびたつ。 歩み寄れば、風が止み風車も止まる。 「珍しいな」 近寄ると、本当に陸奥は小柄だ。周囲の女の身長が皆高いせいだろうか。 それにそぐわぬ威圧感がびりびりと銀時の全身をさらす。 「何がじゃ」 見上げて来る目は、ネコ科の肉食獣のようだ。さもなくば爬虫類だ。 金色に緑が混じった目。トパーズに混ざる翡翠。 銀時はふと、神楽が以前洩らした言葉を思い出した。
あの女は、おそろしい匂いがするネ 人でもない、天人でもない、 でもそのおそろしい匂いは
ちょっと銀ちゃんと、似てるアル
お前それは何?このやっさしぃ〜い銀さんがおそろしいってことかオイ と茶化したものの、戦闘種族の本能なのか単なる神楽の勘なのかは 定かではないにしても、どこかギクリとさせられた。 地球の人間の色ではないこと。 大概さっちゃんも「どこのサイケなリカちゃん人形ですか」な髪の色は しているし、銀時も皮膚の色こそ普通だが、その銀髪と赤みがかった目は アルビノを彷彿とさせなくもない。 違和感、なのだろう。 何処に居ても浮く。だからこそ銀時は、何処に居ても埋没できる街を ねぐらとした。もっとも、物心ついた時には元々あの辺に居たのだ。 天人御用達の娼館で生まれたかも知れない、と思うことはよくあった。 「や、アンタがこの辺に居るの、とか、いろいろ」 銀時の周りの女は曲者ばかりだが、とりわけ接するのに困惑するのは この女だ。 「ああ。山崎が旨い蕎麦屋があるからと云いよったきにゃ」 この風体から「そばや」と出るのも最早違和感だ。桂ならば妙な納得も 出来るというのに。ましてや 「はあ?山崎くん?何でぇ、仲いいの、おたくら」 近藤と坂本がつるんでいることで、真選組とも関係があるのは知っていた、 けれどわざわざ地球に滞在している短い時間に蕎麦屋に一緒に行くとは。 意外、なのか、否。これも違和感なのだ。陸奥が人と接するということ。 「・・・おまんに関係なかろ」 真顔で普通に応えられると「そうだな」としか云えない。 大気は淡く青になってきている。 「あいつは、普通じゃが、聡くて好いちょる」 陸奥に犬のようについて行く姿が浮かび、「あー、合いそうね、確かに」と 相槌を打った。 御囃子は聞こえ続け、提灯に火が入れられた。うすぼんやりとした闇、 うすぼんやりとした灯り。 「蕎麦、旨かった?」 陸奥がもたれている神社の石垣に腰掛けて問うた。 「ああ、桂に教えてやればぁよか、と云うたら笑っちょったがぜよ」 まわらない風車を細い指先で持っている姿は燐光を放ちそうだ。 「ははは!意外と太ぇ神経してるなー」 直視しがたく、けれど離れがたく、銀時は腰掛けた膝で頬杖をつく。 少し目を上げれば、風車が、白い。真っ白い。 不吉なような、祈りのような、風車。 ふっと横から吹けばカラカラカラ・・・とまわる。 陸奥の発した、フツウノという言葉がいやに耳に残っている。どういう、 どういう意味の普通なのか。腕もそこそこ、人情にも厚いが頭は切れるし 酷薄な面もある。観察としては超一流だ。どうも屯所で見ていると、家事 においても完璧らしい、というより取り仕切っているらしい。 その山崎が、普通とは? 陸奥が認めるほどの聡さをもつ、有能な人間の普通? 「なぁ、普通って」 と云ってどこかを見ている陸奥の細い手首を掴んだ、激しい電流のような ものが全身を駆け巡る。波のような、それでいてドギツイ衝撃。 何だこれ、と思った瞬間に、あまりにも静かに静かに、 「おまんは、わしに触ったらいかん」 そっとそう呟くように告げる。 「なんで?」 つられたように掠れた囁き声になった。 微かに笑ったのか、それすらも判然としない。遠くの御囃子、日暮、 人の気配のしない夕闇の残影。陸奥の輪郭がぼやける。銀時の髪が提灯の 灯りを受けてほの暖かい色味になる。 「わしらは、決して触れ合うことばなく、おらんといけんがじゃ」 銀時は自分でも何故そう云ったのか判らない、けれど咄嗟に 「こんなに近くに居るのにか?」 と問うていた。 近い、とは。 物理的距離ではなく、生物的距離としてか。このからだと、たましいの、 その近さ。 生きている場所の、その浮いている場所の近さ。 「近くに、居るからいけん云うちょる」 触れるか触れないかの近くに、陸奥の手が舞うように持ち上げられる。 銀時の頬を撫で滑るように、髪を梳くように、けれど決して触れずに。 それだけで滑らかで心地よい甘さが全身を流れて、息が止まりそうになった。 幽玄の、行き場のなさ。 音が降って来るようだ、きらきらと、絶望的に。 光と影が開けたままの目の中で走馬灯のように、影絵のように、揺らいで 揺らいでめくるめく。 行き場のなさ、ここにしか居られないような、錯覚。 「気持ちええ」 ぽつりと、聞こえる。鼓膜を打つその響きは聴いたことのない音色。 「そうだな」 手は離したものの、陸奥の手の甲の辺りを滑っている。 「アンタはさ、何?」 薄く微笑みながら訊く。答えなど要らない、その確信の中で。 「さあなぁ、わしもよう知らんちゃ、わからん」 今度こそ、陸奥は微笑んでいた。銀時は見ていない、けれど空気が揺れた。 「俺もわかんねーんだ」 笑いを深めたら、空気の揺れは、風になった。 銀の髪と金の髪が放つ淡い微かな燐光を、かき消すような風。 このまま浸っていたいような、痺れるような、痛むような悲しいような、 このまま、という何か期待をそっと剥がして去っていく風。 こんな風には生きてはゆけない。 こんな風には死ねもしない。 風車がまわる、まわる、まわる。 幽玄をかき乱し。 このまま、死ねたら。 そんなことはありえない。 そんなこと、ありはしない。 「銀時、もう、おまん行かんと」 「わかってる」 云いながら、触れ合わない近さで、皮膚の僅か上を撫でるように、 2人はまるくなる。 白い風車のまわる円が、白い。
END
よりにもよって何故お前このタイトル!とお怒りを買うこと必至。 非常に好きな、異常に好きな、中山可穂作品のタイトルです。 これは私のひとつのポリシーが描かれている、脊椎のような作品。
私の中で、銀さんと陸奥は人間と天人のハーフです。 今後はそういう子どもが増えるであろう銀魂ワールド、でも今はまだ、 異端の存在。 どちらにも受け入れられない存在。 触れ合わず、ただ、想い合い、想い合い、側に。 はなれがたい、けれど触ってはいけない。 自分たちの存在がタブーとされるなら、それ同士が馴れ合ってしまったら、 世界と馴染めなくなってしまうから。 しかし、自分の妄想が、究極的に、いたい、です。激痛です。
BGM:ビョーク、「ヴェスパタイン」
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