銀の鎧細工通信
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| 2006年05月26日(金) |
アイアムゴースト (銀迦ちゃんに捧げるミランダ) |
「どうせうまくいかないのに」 「またやっても失敗ばかりの繰り返し」 「無駄じゃない」 「無駄なのに」 誰も喜びやしないよ。迷惑かけるか、失笑されるか、ああそれももう、無いわね。 無視されるの、無視されるの、見向きもしない。 誰も見てやしない、私が失敗したって、仮に成功したって。
ふ、と瞼を開ける。船室の壁に寄りかかったまま体を休めていたため(舟は一時的に停泊している。予想外の戦闘で進行が更に遅れる事でのミランダへの負担と、何よりも死ぬ事が決定した者たちが残す者への手紙をしたためる時間だった。そんなのは異常だという声は勿論あった)、体が強張ってきしむ。 「物凄いシワが眉間に寄っていたであるよ」 心配そうに、かつおずおずと低い声がかけられる。 船外では雨がけぶっている。重く垂れ込めた雲の色は故郷の空とよく似ていた。小雨は小さな音を立てて降りそそいでは、海に次から次へと消えていく。淡く明るい。鈍い光。 「・・・悪夢はいつもの事よ」 窓の外に顔をむけたまま、ぽつりと静かに呟いた言葉に、クロウリーが身を硬くした事が空気を震わせて伝わった。我に帰って、慌てて「ごめんなさい!今のは独り言みたいなもので・・・心配してくださったのに嫌な風に聞こえてしまいますよね!」と訂正する。 「大丈夫です、そもそも眠ってしまったら、大変な事になりますから」 そう。 ミランダが眠れば、一気に舟は崩壊し、そして死体が無数に四散する。いきなりもの云わぬ肉片と化す、今立ち動き笑顔を見せている人々。 この舟がどのような結果としてでも、止まる時の光景を、誰が想像しえるだろうか。誰が、発動を停止した瞬間の、突然の地獄を。 いまや眠らなくても、長年の不眠と中途覚醒、悪夢による睡眠の邪魔、それらは可愛げすら帯びてはるか彼方に存在している。 目を開けたまま悪夢を見ているのだ。 (見せている、という方が正しいかしらね・・・) 生きていれば、それが実は死んでいるとしても、本人も周囲の人間も安心してしまう。けれど発動を停止する時は必ず訪れ、その瞬間に人々はミランダを怨むだろう。魔女と罵るだろう。 本来不可避であり、不条理である死という暴力を、このようにして誤魔化すのだ。 傷は、癒えたわけではなく、瘡蓋になったわけでもなく、ただ痛みも傷口も見えなくなっているだけ。無い事にしているだけ。無かった事にしているのですら、ない。 何度も想像した。 「その瞬間」、人払いをして目の当たりにする事は避けえても、その後の、その後の、そう正しい時間に戻った船の、時間の止まった体の「片付け」は避けえないのだ。 関係者は当然いれない。 けれど、無関係な者だって、その異常事態に絶望するだろう。 『だって、今まで「生きていた」のに・・・!』 ぶるり、と身を震わせ、それを押し隠すために両腕を体に巻きつける。 「悪夢か・・・」 膝を抱えて呟いた。 顔を向けたが、目は合わなかった。先ほどのミランダと同様に窓外を見ていたから。 「この空と同じようなものだ、何処に居ようが、眠っていようが起きていようが、もう、この身の側を離れはしないのであろうな」 (ああ、そうか・・・) 冬空の寂しい色、小雨の振る今の空と似た色を、クロウリーも見ているのだ。故郷も近い。年齢と、それと同じく過ごされた日々の色も。 (アレンくんや、アレイスターさんの、その痛みは、わからないけれど) 愛した人を手にかけては居ないけれど、 愛すべき人々を、ゾンビの様に生かす事。 「そうですね、もう、悪夢は・・・眠る時にだけ怯えるものではないのでしょうね・・・」
―手についた血のりを洗い落として、レディマクベス―
初めての任務、到着してから指先を擦り合わせる癖がついた。見えない血のりは、擦ったところで落ちはしない。 おぞましい力―。 (かみさま、これが神の清らかな力だと・・・?) ああ、違う。 闘うための力に、武器としての力に、綺麗も汚いもあったものではない。 (救いでもない―・・・) ミランダは他人の目も気にするが、それは身に染み付いた恐怖、ああ迷惑をかける、そういう恐怖が故だった。何がしかの達成か否かは、本人の意識の問題であり、そういう意味では他人の評価や慰めでは埋まらない頑固さと芯の強さを持っていた。 (私に出来る事、私が出来る事、悪夢じみた虚構の空間を作る事、癒しでも救いでもない。闘うための力) 闘うため。 闘うため。 勝つため。 本当なら、死なせないために。
ふとブックマンの元に誰かが訪れたのが目に入った。 ここしばらく、船員が彼を訪れ、何かを話し込んでは去っていく事が目に付く。頻繁に、だ。 ミランダと目が合うと、気まずげに、寂しげに、もの云わず少しだけ微笑む。 (・・・?・・・) 会話は聞こえない、ブックマンがちらりと周囲の人間を伺い、声が聞き取れない位置を確保する。 肩に手が置かれて、ミランダはひっ!と息のみの悲鳴を上げた。 「あ・・・」 見上げると、たくましい中年の船員が豪快に微笑みかけた。 ほっと胸をなでおろすと同時に、違和感がよぎる。 この人の顔は観た事がある。 ただ見かけた、というのではなく、知っている。認識している。 あ、と思った瞬間に頭の中が白く弾け、目の前は真っ暗になった。
(この人は、「死んでいる」人だ・・・・・・!!)
あの攻撃の中で、死ぬ事が確定した、と、そう笑って、ああ笑って、ミランダを守る先導をきった中の1人だ。 急に雨音が鮮烈に脳内で響き出す。 見上げたまま目を見開いたミランダに、苦笑を返す。 ブックマンと話している若い船員を振り返る。 はっきりと自信があるわけではない、けれど―。 (ああ・・・・・・!!) おそらくは、彼も死んでいる、あの時、見た気がする。 ガクガクと震える膝に強いて、ゆっくりと立ち上がる。それにブックマンと男も気が付いた。 「あ、あなた方は・・・」 何だ。 何を云うというのか。 あなた方は死んでいる人ではありませんか?とでも。 なんて間抜けな。 なんて残酷な。 なんて呪わしい。 「気が付いちまったか」 屈めた腰をのばしながら、中年の男が明るい口調で云った。そのおおらかな声に、若い船員が苦笑を浮べて頷く。 「記録をな、頼まれておるのだ」 微動だにせず、静かにミランダを見つめながらしわがれた声が響く。 「残してきた家族に、うまい言葉が見つからない奴も多いんだよ。海で生きる人間の、まぁ、海じゃなくても山でも何でも、町でもだけどよ、突然ってのは・・・その、あるだろ。中にはありのままを伝えたがる奴も居るけどな、アクマにさせたくないって」 言葉が反響する。 あああ、悪夢だ。 私が作った悪夢。 クロウリーのいつも以上に蒼白な顔が視界の端に映った。 口癖になっている言葉がこぼれそうになる、けれど、それは絶対に云ってはならない言葉だ。 私がそれを云ってはいけない・・・!! 誰も云ってはいけない、そんな傲慢な言葉は―・・・!! 唇を噛み締める。きつく、きつく、きつく。涙が出ないように。 「そうでしたか」 今、声は震えずに口から出ただろうか。 祈る事は出来ない、不条理な暴力で、戦争なぞで、命を落とした者には祈れない。安らかになどあれる筈が無い。 泣く事は出来ない、虚構の中でだけ「生きている」、そんな人々に対して、生きている者が目の前で泣くなどできない。泣いてもどうにもならないのが死だ。泣きたいのは、きっと誰もが同じだ。 ここは戦場、無理に笑う事も無い。そんな必要は無い。
謝る事は出来ない。 多くの人々が、半ば覚悟し、けれどそうならない事を願って願って願って呼吸してきた。 謝る事は出来ない。 誰かの所為ではない、千年公以外の誰の責任でもない。 謝る事は出来ない。 それでも死んだ人間と生き残った人間との分かれ目も、何の所為でもない。 謝る事は出来ない。 運が悪かったと諦める事も出来ない。そういう問題では片など付けられない。 謝る事は出来ない。 誰も死にたくなど無かった。 謝る事は出来ない。 それでも死は避けがたく迫ってくる。逃れられない。 謝る事は出来ない。 巻き込んだのはエクソシスト。 謝る事は出来ない。 全ての人間のために闘っている者たち。 謝る事は出来ない、 謝る事は出来ない、 必要な犠牲などは無い、そんなものは無い。どこにも存在しない。死ぬべくして死ぬ者などいない。 だけど謝る事は出来ない。 だから謝ってはいけない。
あなたたちを こんな ふうに 無理矢理 生きて いない 生を 生かして
死を 知りながら なお 今だけ ここだけでは 生きているような
そんな目にあわせて
今、目覚めながら見ている悪夢を生み出したのは私です。 闘いの元凶を滅ぼすために、神から与えられたもうた力です。 血生臭い力です。 救うのではなく、結果的に救うためだというだけの、忌まわしい行為をなす力です。 目覚めても逃れられない悪夢の中に、巻き込んだのは私です。 私の、力です。 いきもののならわしに、異常な要素を 死せる者に、本来味あわずに済む、嘆きと苦痛と絶望を 残された者に、傷に針を差し込むような行為を この、生と死を誤魔化し、曖昧にし、平穏と対極をなすようなものを 作り出しているのは、私です。
終らせるのも、私です。
END
ある事の御礼に、サイトマスター銀迦ちゃんにリクエストを募集したところ、所望されたのがミランダさんでした。 ・・・って、暗い。救い無い。
静かな雨音とピアノの旋律だけで、映画のエンドロールみたいなものにしたいと思ってはいました。 クロウリーと絡ませてみたいとか。 しかしなぁ、これじゃあお礼と云えない気が。 でも、書きたかったことのひとつでした。 あまりに悲しくてむごい能力だと思います。考えれば考えるほどに、辛い力だと思うのです。ミランダのエクソシストのちからは。 こんなんだったら、エクソシストになんかなりたくなどなかったと思っても当然だと思います。 でも、きっとミランダは思わない。 思っても、それが彼女の力なんだったら、受け入れて、こらえて、活かす方に考えると思いました、生かす方にも。 生と死のあわいに居るミランダ、彼女こそある意味ではゴーストでしょう。 それでも、彼女は、きっともうくじけないと思うのです。 でも時々は泣いて怒って「神」を呪って罵ってもいいと思います。 デビュー戦でいきなりアレじゃあ、ショックでかすぎるよな。発狂するって。 そんなこんなで、タイトルもお借りしました、 アイ・アム・ゴーストのアルバム「WE ARE ALLWAYS SEARCHING」の1曲目、デッド・ガール.エピローグ:パート1の冒頭がイメージソングです。 あー・・・一応、暗いけど、救いはあるような、っていう銀迦ちゃんの好みを意識してみました。 拙いながらもこだわり満載でお届け。読んで下さった方にも、銀迦cじゃんにも、お気に召せば幸いこの上ないです。
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