銀の鎧細工通信
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思えば最初から気に食わなかった。
まだ自分の行為に注目され、構ってもらいたい年頃盛り。 不意に充足した生活に投げ込まれたボロ雑巾、改め野良犬みたいな男が沖田は気に食わなかった。 どうでもいいなら今すぐ出て行けばいいものを、どういうつもりで居つくのか。居つけば構いたくなるのが、少なくともこの道場の人間の性質。 作為の元に他者の反応を引き起こす沖田には、無意識無自覚で他者の注目を受け、挙句それを厭うような振舞いは目障り以外の何ものでもなかった。 女のような風貌をして、ひどく柄が悪い。そういう本人には非の無い事ですら、それによって自分が受ける注目を理解できていない当人を見ていると不愉快極まりない。 実際、そんな風に思う沖田自身も清々しく愛らしい年恰好と、行うあくどい行為とのギャップに、周囲の大人が気にせずにはおられないように振舞っているのだが、それには自覚があるので許されるだろうと、持ち前の倣岸な精神で棚に上げている。 第3者が現れる事で、道場の人間のあまりに善良な気質が客観視できた。 彼らがしている事は、おそらくそのまま自分にもなされている事なのだ。 はたから見れば、このように見えるのか。 単にその認識に不満を抱いただけだったのかも知れない。 「何ジロジロ見てんだよ」 ジロジロどころではなく、真横に座り、やたらと接近して凝視しているのはわざとなのだが、子どもだと許されるのは、疑われないのは、全くばかげた笑いを誘う。 傷だらけの顔に痛みが走るのを無理強いで、しかめ面を作って威嚇してくる。「気分わりーんだよ、どっか行け、ガキ」 切れた唇の傷が引き攣れる。 ああ、これ、あと少しでまた血が出る。 「どっかへ行くのはそっちだろ、負け犬」 年の割には呂律はしゃんとしている。高く柔らかい声で発音される、無駄に辛辣なくせに無感情な言葉に他人が驚く様は、何度見ても楽しい。 「なっ・・・!んだとこのガキ!」 ただでさえ怪我で血の気の失せた顔が、青白くなる。期待通りにはじけた皮から、血の赤が滲む。なまめかしい、と言語化されないまでも、心臓をよぎった動揺にむしろ動揺する。 にや、と嫌な笑い方をしては「せいぜい怪我が治るまでかくまってもらえよ」と追い討ちをかけては、何事も無かったようなけろりとした顔で駆けて去る。軽い足音を聞きつけた近藤が「またサボりやがったな、ほれ戻って来い」と鷹揚に告げている。 幻でも見ていたかのように、土方は呆然としたが、投げ付けられた言葉はプライドを傷つけた。解りやすい意図ほど突き刺さる。小さな棘の様に、抜き去りたくても抜き取れず、気になって仕方の無い微かな痛み。 もっとも、負けず嫌いなので、素直に立ち去ろうとは思えなかった。鼻を鳴らして縁側にごろりと横になる。同じ様に鼻を鳴らして、それを沖田は遠くから眺める。 数日間で直接口をきいたのはそれだけだった。後は誰かが声をかける後ろから、皮肉を吐いてはたしなめられるくらいのもの。 要領の悪さだとか、立ち振る舞いの問題であるとか、そういった事は沖田の関心ごとでは無い。うまく立ち回ろうと思えば可能であったし、それをするかしないかは気が向くか否か、それだけで、出来る出来ないという様な事象ではない。 土方は出来ない人間だった。頭はきれるくせに要領は悪く、総じてディスコミュニケーション。しかも本人がそれを煩わしく思っているようなのも、無駄な足掻きだというのも、近藤に云わせれば「不器用というか、何だか放っておけないヤツ」となる。 自分とあの野良犬は違う。 確信はあれど、分け隔てない扱い。 あんなにも生き難そうな奴と一緒くたに接しないでほしいものだ。 白けた気持ちで稽古をさぼって外に出る。日暮れ間近の大気は湿気を含んで、草いきれの香りがたちこめる。 ぼそぼそと話す声が耳に入って歩みを止める。こういう話し方は大抵がよろしく無い何事かだ。にわかに楽しい事が待ち受けるかと、耳をそばだてる。 「全然見かけたって話をきかねぇ」 苛付き。 「でもあの怪我で、遠くまで行けるわけねぇだろ」 無関心。 「だからあのまま野垂れ死んで片付けられたんじゃねぇのか」 残虐な笑い含み。 「夜行ったらもう居なかったんだぜ?あんな人気の無いとこでよ」 粘着性。 「この辺で、あのバラガキをかくまいそうな処なんざ、ホレ」 確信。 道場の前で話しているのだ、周囲に民家は隣接していない。 ああ、野良犬が火の粉を運んできやがった。 その時、野良犬の尻尾が視界の彼方でちらりとかすめた気がした。晩飯の時間だと沖田はまた特製の抜け穴から帰る。 すっかり忘れて眠って起きたら、「おい、あのヤロウ見なかったか!?」慌てた第一声。「どのヤロウだよ、しらねー」と寝惚けた声で応じれば、「そうだよな、お前今まで寝てたんだもんな」と珍しく早い口調でまくし立てて髪をぐしゃぐしゃと撫でて立ち去った。寝癖の上にかき回された髪を撫で付けながら、溜息をつく。 その日は近藤は道場に姿を見せず、ようやく姿を見せた時には怪我だらけだった。そこまでは有りそうな事だった。ただ沖田をウンザリさせたものは、近藤が逃がさないという風に、がっちりと土方の肩を抱えている事。これもまた怪我に怪我を重ねている。 黒く艶やかな尻尾に泥と血をこびりつかせて、ああやっちまったな、と心のな中で呟く。 野良犬を拾っちまった。 野良犬は居心地悪そうに、落ち着かない顔をしながら、どこか緊張感が緩んでいる。 昼間に来る女中は夕餉の仕度を整えて帰ってしまっている。「風呂だけは沸いてるぜ」と近藤に手ぬぐいを渡すと、「すまんな」と豪快に笑った。片方はぷいと顔を背けた。 「こんなガキ」相手でも負けず嫌いなんてな。笑いが腹のそこをくすぐる。 二人は湯を使って(土方は俺はいいだの何だのと抵抗したが)、これまた「自分で出来る」の一点張りを押しのけて近藤が手当てを施してやれば、「これ以上借りはつくらねぇ」とむっつり云いながら、近藤に湿布をあて、包帯を巻き、軟膏を塗る。その手つき、薬を扱う手は妙に器用だった。 「門下生が増えたな!」 とこれまた豪快に笑う老人を上座にして4人で膳を前にする。 門下生用の部屋では二人で布団を並べて床に就いた。 すぐにすうすうと軽い寝息が聞こえる。覗き込めば、驚くほど屈託の無い顔で安らかに眠っている。 怪我で歪んでいても、整った造作、切れ長の目尻の睫毛は長い。 眺めるだけ眺めてから、自分も床に潜って眠りに落下する。 居場所を見つけてしまった野良犬は、真面目に取り組んだ。稽古にも修行という名の雑用にも(後者には悪態をついた)。 剣を学び、それが活かされるのが、全身から悦びとなってにおい立つ、あふれ出す。横目で見ながら沖田は悪戯とサボりに余念が無い。 横目で見ていた、長いこと。 少し後ろから見ていた、長いこと。 いつも目線をあげて見上げていた、長いこと。 横に立つよになっても、顔は合わされなかった、長いこと。 目が合えば射抜くように見据えられる。 「総悟」と呼ぶようになった、いつからか。 それでもはじめから気に食わなかった。 今も気に食わないままだ。
「あんたぁ、本当に近藤さんしか見てないんだねぃ」 全ては落下した後。
END 今週のジャンプでまんまと燃焼しました。燃え滾るオタクの血。はい、安直です・・・恥ずかしいくらいです。 沖田×土方→近藤、がツボですが、なんだか最近、アニメでも原作でも近藤×土方がオフィシャルみたいな・・・。いやでも近藤のああいうのは、素なのだろうから、
やっぱり土方→近藤がとことんオフィシャルですか・・・!
BGM:山本美絵「オナモミ」
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