銀の鎧細工通信
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2005年09月22日(木) 赤い靴 (陸奥山崎)

少し頑丈そうな大き目の厳つい車。
がしゃん
急ブレーキに後輪が取られ電柱に正面からぶつかる。
腕の中に抱えた子ども。
車道に転がったボールを追いかけて飛び出した。
飛び出したから追いかけて飛び出して抱えて転がった。
腕の中でぶるり、と震えて泣き出した。
なだめながら、頭をなでながら、フロントの歪んだ車のドアが開き、
降りてくる人間の反応を、緊張し少し怯えながら目をやった。

カツン

赤い靴。
高いヒールに、蛇の鱗のような型押しが施された上品な濃い赤の。
黒い細身の洋装、パンツスーツの姿に一瞬誰だか判然としなかった。
「陸奥・・・さん?」
昼下がりの日差しに金灰の髪が透けて輝く、人間離れした容貌は間違えようも無い。
「・・・ああ、山崎」
感情のこもらない声に、無表情に、子どもが体を強張らせた。
(今、この人、俺の名前一瞬出てこなかったな・・・)
「ボーズ、後は兄ちゃんに任せな。もう飛び出すなよ、絶対だ、約束して」
がくがくと頷き、鼻をすすって子どもは駆けて行った、陸奥に向かって「お姉ちゃんごめんなさい」と叫んで逃げるように。
小さな背中を見送っていると
「おい、おまん何てことしゆう」
冷ややかに過ぎる声が山崎を貫く。
「こんな処で遊んでいる子どもです、ボールもボロボロだった。修理代は俺が持ちます」
片膝をまだコンクリートに付けたまま見上げて応える。
「ふん、おまんの金じゃのうて、幕府の経費で下ろせ。警察としての職務と云えんことも無いきにゃ、可能じゃろ、いいな」
あっさりと、かつ有無を許さぬ命令口調で云い放ち、歪んだ車を眺めてから携帯電話で修理屋を呼び始めた。
ほっと胸をなでおろす。
(聡い人でよかった)
遊ぶ場も無く、スラムとも云えるこの辺りで遊ぶ子どもの家に、修繕費用は生活に直結する。
立ち上がって山崎も電話を取り出す。
駆けつけた修理屋が車を運んでいくのを見ながら、その会社へと修繕費用を隊が持つことを知らせ、そのまま隊本部へ電話をし事情を簡潔に説明した後に「書類は追って提出します」と云って切った。
陸奥が金緑の目でじいっと眺めている、
「山崎はやり手じゃな」
陸奥の声は高すぎず低すぎず、独特の声色だった。何処から発声されているのか判らないような声なのだ。何処から響いてくるのか。
「そんな事無いですよ」
あまりに真っ直ぐに見つめてくるので少し、たじろぐ。
「いや、沖田も小器用な奴じゃが事務能力には欠けちょる、あいつのは脅迫かゴリ押しじゃきに」
隊服の砂埃を払いながら「何で其処で先ず、隊長の名前が出てくるんですか」と問うた。
露骨に鼻で笑って
「近藤は云うまでも無い莫迦正直者で、土方は利口じゃが不器用じゃろが」
肩を竦めて「お宅のもじゃもじゃだって同じでしょ」
と云えば低く笑った。

「さあて、どうしゆうかの」
陸奥は割れたウィンカーの破片を眺めながらぼそりと呟いた。
「何処かへ行かれる途中だったんでしょう?」
顔を上げる、どうして副長といい、いつも凶悪な目付きの人というのがこうもいるのだろう。などとぼんやりと思う。
「山崎、おまん金は」

「給料日前でそんなに無いです」

「車は」

「持ってないです」

ふ、と息を吐く。
「給料日前だってのに、自前で修繕費払ろうと思うたんがじゃ、前言撤回じゃ阿呆め」
ぐいと山崎の腕を引く。
「うわ、何ですか」
よろめきながら従う、陸奥の力は強い。

「じゃあ、おまんでいい」

見向きもせずに引き摺る。
「は?!」
身を強張らせれば「取って喰おうゆうんじゃないきに、安心するろ」、と応えた。




向かった先は百貨店の並ぶ界隈だった。
化粧品売り場で、いくつか見繕い、試して納得のいったものを買い、上等の薄手で暖かそうなスカーフを選び、これまた防寒性の高そうな服を見繕う。
自分のサイズや、似合う色味を把握しきっているらしい陸奥の買い物は手際が良かった。
買うなり山崎に「ほれ」と云って持たせた。
おそらく次の航海は寒いところへ行くのだろうと判るのは、買った品物の暖かな素材から、コスメの保湿性の高いもの、などから伺えた。
「陸奥さん」
細々とショップバッグを抱えながら声をかける。
「何じゃ」
2歩ほど前を歩く陸奥が振り返る。
「腹巻とか、要らないんですか」
一瞬、陸奥の目がくるりと丸くなった。
「あなた、冷え性っぽいから」
山崎にしてみれば普通の思い付きだった。
「よく判るの」
と云われれば「血色もよくないし、さっきも手が冷たかった」と応じる。
「あれはビジュアル的に好かん」
(まあ、そうだろうな、この人意地っ張りでこだわり強そうだし)
ぷいと前を向いて歩いていく陸奥に、少し待ってくださいとだけ告げてしばらくして戻る。
陸奥はエスカレーターの横にあるベンチに腰掛けて待っていた。
洋装自体見慣れないが、濃紅のハイヒールは一際目を引いた。
「足、痛いですか」
立ったまま訊ねる。
「野暮な奴じゃな、・・・まあ慣れんモンはそれなりにな」
ぎろりと睨みつけながら、それでも素直に応えた。
方々の店店を歩き回り、粗方必要な買い物を終え、すっかり日の暮れはじめた街に出ると、ふいと陸奥はまた店に入った。慌てて後を追う。
ジュエリーショップで、シルバーのシンプルな万年筆を買うと包装を断り、手の塞がった山崎の胸ポケットに差す。
「礼じゃ。仕事中に悪かったの」
「え、悪いですよこんないい物」
「煩い」
それだけ云ってまたスタスタと歩き始める。
船を止めてある近くまで来ると、船の見える辺りの公園でまた陸奥は腰を下ろす。
人気が無いので今度は靴を脱いだ。
上等そうなオーダーメイドの中敷が見えた。
「結構無理して履いているんじゃないですか」
シルバーパールの光がわずかに煌く、紺色のペディキュアが美しく塗られた足を伸ばす陸奥に、思わず告げてしまう。
(しまった、これだからお節介が過ぎるって云われるのに)
「貰いモンじゃきに」
意外にも陸奥はあっさり応える。
「おまんみたいに優しい人間の言葉が正しいんじゃろうな」
強い西日が陸奥の表情を逆光で隠す。
目を刺す西日の光線。
「どういう意味ですか」
「そのままじゃ、ああ強い西日は日の出と似ちょるな」
素っ気無く話題を流して立ち上がる。またサイズの合わないけれど、よく似合う靴に足を入れて。


そうして、思いがけぬ付き合いをして隊舎に帰る。
土方が怒りの形相で「お前、仕事サボって女と買い物してたらしいな」と開いた瞳孔でねめつける。
「ああ、・・・ちょっと陸奥さんに・・・」
とだけ云えば、顔色がさっと変わる。
「陸奥さんか・・・てぇ事はアレか、本部へ申請した車両修繕費ってーのは・・・」
「陸奥さんの車です」
深い溜息を吐いて、「ご苦労だった」と肩を叩き、「これで何も云われないだろう」と独り言ともつかぬ風で呟きながら立ち去る。





とっぷりと日の暮れた闇の中、船室でアロマオイルを垂らした足湯に浸りながら、買った品々の荷解きをする。
「ん」
スカーフの入っていたバッグの中に買った覚えの無いもの。
ジンジャーティーのパック。

「あなた、冷え性っぽいから」

給料日前で金が無いと云った。
あまりにも可愛らしい気遣いに喉の奥でくっと笑う。
マグカップを引き寄せ、手元のポットから湯を注ぐ。ジンジャーの香りと華やかな花の香りが漂う。
こくりと飲み下せば、体の中から暖めてくれる。奥から暖めてくれる。
「まっことオボコいオトコばっかりじゃな・・・」
丁寧にタグを外しながら、今度また地球に戻ってきたら、サイズの合う似合う赤い靴を買おうと思った。










END

これは友人が話してくれた高村薫作品の萌え遣り取り、「金は?」「無い」「女は?」「いない」「車は?」「無い」「じゃあ、お前」を使わせていただこう!なヨコシマシリーズ1作目です。(高村氏ファンの方、申し訳ありません)

本来メインの銀土で真っ先に浮かんだところを、敢えて陸奥山で!笑。

倉橋ヨエコの『赤い靴』からタイトルと内容は触発。
純然たるオリジナルというよりも、あらゆる妄想をつぎはぎして作られる私の拙いSS。
でも倉橋ヨエコ愛好家の方が、ここに訪れてくださった事が嬉しいので、しばらく遠慮なく倉ヨエいきますよ!
天野月子の新作アルバムからも当然インスパイアされた妄想劇場が繰り広げられると思いますが・・・後はパソコンにゆっくり向かう時間ですね。
メルフォありがとうございました!!
お返事遅くなってしまうかも知れませんが、熱いメールに大変喜んで踊っています!かなり熱い返事が行くかと思われます。苦笑。


★9月18日のDグレで拍手くださったアナタさま!

そうなんですよ・・・ちょっとオーナーの銀迦ちゃんにも解らないのですが、過去のリストを見ようとすると拍手になってしまうんですよね。
Dグレ作品はいずれ銀迦ちゃんの時間が出来たときにでも、もう独自コンテンツとして作ってもらう予定です。
現在は「その他」に置いてあります。
ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。
ミランダいいですよねえ〜・・・元々は相方にしてサイトオーナー、銀迦ちゃんへ(ミランダさん至上主義者)への貢物だったのですが、書いていてとても楽しいんです。ありがとうございます!!
自分としてはまだまだもっとエリクロエリが読みたい・・・けれどあまり熱心に検索をかける余裕が無いもので、自家発電で書きたいと思っています。
エリアーデがとにかく大好きなものでして。
Dグレでのマイナーカップリだと思うので、「いいよね」と思ってくださっている方に読んでいただけたことは、書く身としては「書いてて良かった!」と実感させて頂けます。本当にありがとうございました。


BGM:倉橋ヨエコ『東京ピアノ』、天野月子『A MOON CHILD IN THE SKY』


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