銀の鎧細工通信
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2005年07月25日(月) ミラー (グリードアルフォンス)


元の姿に戻りたい。
食べない、眠れない、触っているけど触覚は無い。
人間の形をしていない。
では、人間の形をしている人間以外のものは?


「ホムンクルスは眠るんですか?」
壁に寄りかかり、アルフォンスは不意に口を開いた。
「はあ?ああ、眠ろうと思えば眠れるけどな、別に必要は無い」
グリードは突拍子も無い質問に、得心したといわんばかりに丁寧に返事をした。
「ご飯は?」
「俺は食うねぇ、美味いモンは好きだぜ。ま、コレも必要は無い、けどな」
目を細めて笑う。悪びれず卑屈にもならない。
「俺以外の奴らは元は人間だ、食事も睡眠もそこそこには必要とする、ホレ、ドルチェットなんかはヘビースモーカーだしな。マーテルは酒乱だ」
絡むんだよなあ、ヘビだからかねえなどと云いながらくつくつと笑う。
アルフォンスが幽閉されている部屋にはグリードしか残っておらず、皆が
引き上げていた。
マーテルもグリードに見張りを譲って引き上げている。
2人きり。
静かな夜更けだった。
「だから俺も付き合ったり付き合わなかったり。肉体の栄養になるわけでもないし、汚い話そのまま出てくるがな」
アルフォンスが黙っているので続ける。
「消化能力は無いんだよ、すぐに体を通過する。ちなみに生殖能力も無い、さっき見たように肉体維持のために体液は流れているから精液は出るけどな。組織液とかわらねえ」
壁に背中をつけている、アルフォンスはその硬さも冷たさも解らない、
けれどこの男は其れを知りえるのだろうか。
「他に質問は?」
つり上がった切れ長の目が促す。
「・・・触覚は」

「ある」

「あなたにも・・・?」
「ああ、他の部下は再生能力は大したこともないしちょっと丈夫なだけだ、痛覚もある、触覚もある。生殖能力は実験の際に潰されてるが、逃げたのが早かったヤツにゃガキもいる」
ぺらぺらとよくまわる口で説明をする。
(こんなに話してしまっていいのかな・・・)
アルフォンスの眼光が揺れた。
「そう困った顔すんな」
思いもかけない言葉に振り向く。ガシャ。
「俺は痛いのだとかはもう忘れちまってるよ、余程のモンでなきゃ感じない、でもその分、色々観てる。強欲だからな」
立てた膝の上で指を組んで、その間から目だけが光る。
「見逃すのも惜しいんだよ、絶対見棄てねえし見逃さねえ」
「でも、だからって・・・」
声だけはうろたえを表すが、外見はただの鎧でしかない。感情表現などできない自分。
「声だけじゃねえんだよ、お前ら人間はさ。面白いねえ、全く」
目を逸らしてはふんと溜息をついた。

「何、感動した?」
独特の片方の口角だけを吊り上げる笑い方で目線だけをアルフォンスに向けた。
「はい」
こくりと頷きながら応えたあまりにも素直な反応。
「っつぶ、うわははははははははははは!!」
目を見開いた後の爆笑、「本当に面白いなお前の師匠といい、お前といい!思い切りもよければどいつもバカみてえに真っ直ぐだ!」
げらげら笑い転げる。身を屈めて。
「でも、グリードさんだって余程人間らしいですよ、本当の人間よりも・・・僕よりも」
ぽつりと呟く。
わん・・・と反響する声の響きはいつも自分の肉体の不在を実感させる。
悔しい、だとか妬ましい、だとか思うのではない。
「失礼だな」
ふんと鼻を鳴らして云い捨てられる。
「人間であることにそんなに意義を求めるなよ。俺は人間じゃねえし、他の奴らも元人間、なんだぜ?」
人間の世界から捨て去られ、実験材料にされ、こうして闇に潜みながら裏の世界で生きている。
「そんな事もう問題じゃねえんだよ、人間らしさなんざ何の基準でもない。ただどうやって生き延びて放さなかった生を生きるか、だ」
(そうだった・・・此処の人は僕と違って人間扱いを誰にもされなかったんだ、人間に見棄てられて人間であることを奪われた・・・)
「ごめんなさい、無神経なこと云いました」
眉をあげて肩をすくめると胡座をかいているアルフォンスの膝の上に乗った。
「うわっ、なんですか??」
「騒ぐなよ、他の奴らが起きちまう」
向かい合った姿勢でシイ、と鎧の口元に指を当てた。
「ほれ、こうして話しってと、俺の声帯の震えがお前にも反響するだろ」
「・・・はい」

「ニンゲンもくっついて話してるとそうじゃねえか?」

少し低めの声が鎧の装甲を伝って揺れる。
中身は空っぽなので響きは吸収されない、けれど。
もうよくは覚えていない、けれど。
雷の夜にエドワードと肩を並べて毛布をかぶり、ぼそぼそ話し続けた時の、身を寄せて交わした内緒話の、背中合わせで話した時の、その揺れに其れは似ていた。確かに似ていた。
もう記憶から実感が失われつつある、そんな生身の経験。

「あーあー、泣くなよ?」
グリードががしゃりと鎧の頭を撫でた。
「涙は出ませんよ」
そう応えると、今度は頭をはたいて
「屁理屈云うな、涙なんかでなくても泣けるだろ」

「お前は泣いて騒いでとぼけて驚いて、声だけじゃなくて感情表現してるよ。俺なんかもーう磨耗しちまってよっぽど薄いぜ、そーゆーの」
鎧の面にぼんやりと写った姿を掌で撫でて続けた
「もともと、欲望する感情だけ突出してるんだけどな」




久しぶりだった。
たまに誰かが付き合って徹夜で話し込んでくれても、その人はいつも次の日に眠そうにしている。
あくまでも付き合ってくれているだけで、眠れないのは自分ひとりだった。
一人ぼっちの夜ばかりで、遠慮にも気にしていない振りにももうなれた。
今は滅多に付き合う人も居ない。
自分は鎧なのだから一人ぼっちで当たり前だと思っていた。
グリードと話し込む分には一人ではない。
一人ではない。
眠りを必要としないのは、一人ではない。
自分ひとりでは。






翌朝、起き始めたグリードの部下達が集まってきて、「何してるんですか」と呆れて笑い出すまで二人は向かい合って話し続けた。
朝は明るかった。
眠らない事が普通の事と受け止められる安堵。
眠らない事が普通の事として迎えられる朝があるのだと初めて知った。







END

11巻記念。
グリードがやはり好きです。
グリードと仲間達が好きです。

アルはあっちに行けばよかったのにねえ。




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