銀の鎧細工通信
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| 2005年07月18日(月) |
育つ雑草 (ハルアベ) |
朝はグランドの整備から始まる。 ぶちぶちと毎朝雑草を抜く。 この時季の伸びは凄まじく、根っこから抜きそびれた草は次の日にはもう柔らかく若い緑の葉を生んでいる。 処理しても処理しても再生する。 その圧迫感に阿部は息を詰めた。 朝から暑い日ざしが脳天を焦がし、じりじりと照らし付けられては汗ばかりがいつまでもダラダラ滲んで後を絶たない。 言葉にしようの無い焦燥感に駆られて叫び出したくなる、 前へ行かなければ、前へ行かなければ、もっともっともっともっと。 そうじゃなきゃ捕まってしまう。 もう始まりも終わりもわからない、ただ榛名から逃れなければと 発作の様に思ってしまう。
「アベ?具合でも悪いのか?」 頭上から声がかけられた、はっと顔を上げると花井が心配そうに覗き込んでいた。 「いや、何でもね・・・」 気まずさを隠すようにうつむいて手の甲で汗を拭った。 「そうか?集合かかってんのに、お前ちっとも動かねっからさ」 阿部の様子に花井は何の追求もしない、不味いものを見てしまったな、 という風にちょっぴりの言い訳で見なかったことにする。 何事も無かった風に阿部も立ち上がり、集合している皆の処へ小走りで駆けて行く、三橋の顔は見られなかった。
もう必要ないのに、元希さんは。 もう必要ないんだ。
(くそ・・・っ) 拳を握り締める。 なのにどうして俺は迷っているみたいに、まるで。
どんどんと暗いところへ落下していく気がして仕方が無い。 同じところを堂々巡りだ、滑稽劇の舞台で当の本人はもう観ても居ないのに阿部だけが幕開けを待っているような。 忘れろと何度でも自分に云い聞かせている、そんなことをしている限り絶対に忘れなどしない。
一日が終わってもまだ日は沈みきっていない。 昼間の暑さをうだるように残した地元駅の駐輪場で阿部は見たくない姿を目に入れてしまう、瞬間的に呼吸が止まった。 ひゅ、と不愉快な息をすう音が自分の胸に反響する。 幸い夕暮れ時で人の顔が見えにくくなっている、自分の見間違いだと鍵を外して自転車を押す。 「タカヤ」 忌々しい思いが甦る、息を吹き返す、なのに自分は顔を反射的にあげてしまう。 「何で無視すんだよ」 逆行の赤い闇の中でぎらぎらとした目だけがしっかりこちらを見据えていた。 「ああ、すんません気が付かなかったんで、どもお疲れっす」 形ばかりの一礼をして立ち去ろうとする、間髪を入れずに 「嘘吐け、お前見てただろ、気が付いてただろ」 聞き流してペダルに足をかける、どうしてこう上手くいかないんだ。 逃げるように、押し出されるように自転車にまたがって強くペダルをこぐ。
「お前のトコのヘボピッチャーはどうだよ」 榛名の嘲笑が背中に投げ付けられて、背骨がみしりと痛む。 (関係ない) (関係ない) (関係ない) (関係ない) 榛名には関係が無い。 榛名は阿部には関係が無い。 俺にもあの人にも必要も関係ももう無い。 詰まる息を飲み込み、走り去った。
葉をむしり取られ、抜かれたことも忘れて伸びる雑草の様に榛名は阿部の中に根を張って枯れない。 阿部自身も榛名に葉を千切り踏みつけられたことを忘れたいのに忘れる事が出来なくて、未だ思いは伸びて育つ。
(あの人は俺の事を忘れているのに) (気にすらとめていないのに)
汗が目に入る。 もう何も見たくないからぎゅうと硬く目を閉じた。 何も悲しいことなど無い。 悲しいことなど何も。
元希さん、あんた俺の何処を、どんな風に認めていたの。
くわ、と目を見開いた。 自分の心の奥のほうで小さく上がった声に驚いた。 咄嗟に噛み締めた口の中で生臭く血の味が広がる。 (同じ味だ) あの頃と変わらない血の味。
助けてくれ。 あの人が俺の事を認めたことなど一度も無いだろう。 解っている筈だろう。 なのにどうしていつまでも縋ろうとしてしまう! 熱くなった目の奥のものを押し殺して、阿部は眉間に皺を寄せて走り続けた。 遠回りでペダルをこぎ続けて、もう何処にも辿り着かない。
END
鬼束ちひろ『育つ雑草』にインスパイアハルアベ。 阿部はぐるぐるしているのが、悦い。
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