銀の鎧細工通信
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土方が倒れこむのが早いか、 土方が錆び付くのが早いか、 どちらにしても報われない。 土方の想いも、他の者の想いも。
山崎の考えている事が解らない、否、解らない振りをしている。 振りだけしているので、察しのいい当人は見切っているのだろう。
元々補佐の立場である「副長」に、事務仕事など細かな作業を苦手とする 「局長」、そうなると土方は事務仕事に長け、情報収集とその処理能力、 それらの実務能力を持った人間を見側に置くのが必要となる。 戦闘職種は沖田にでも任せておけばいい。 真撰組として幕府に召抱えられてからというもの、山崎は土方の片腕 だった、無くてはならない存在だった。 宴が催されているときでも土方と茶をすするのは山崎で、 そこに絡むのが近藤と沖田だ。 歳こそ若いが、世渡り上手で土方と違って要領もいい、自分には 立場的にも性格的にもこなせない仕事を俊敏にこなす山崎は頼もしい 存在だった。 だからこそ、剣術も教え(土方は人にものを教えるのが苦手だ、したくとも 出来ないのだ)実戦の場でも行動できるよう、大事に育て上げた部下だ。
付き合いの長さこそ、近藤や沖田には到底及ばないが、時間の共有では 無く、実戦と実務を共にして育んだ関係性はそれなりに強固で、安心の できるもの。 その山崎が肝心な事、そう、最終的に、何よりも土方が云われたくない事 だけはこの上なく汲み付くして避けながらも、苦しげにもどかしげに もてあました感情をぶつけ出したのは最近だ。 相変らず仕事は手際よく、かつ丁寧だった。 買出しにおさんどん、掃除までまめまめしく行う。 不安定な感情を沖田の様にそのままでぶつけてくることもない。 不安定な其れを、ちらと見せてから、しまったという顔で先に引っ込めて 治め諌めるのは山崎の方だ、いつもいつも。
土方に云いたくない事を云わせない様に先に口を開き、 土方が認めがたい事は断定しないで質問の形で問うてくる。
(何でそんなに、俺の事を大事にしやがるんだ)
胸のつかえる苦しさに、土方は煙草のフィルターをぎりりと噛み締めた。
山崎が云いたい事を云わないのは、あくまでも土方を思ってのことだった、 ただ土方のためを思って自分の本心を云わない。
(何でそこまでするんだ、俺なんかのために・・・!)
土方が、近藤への想いのために倒れないようにと足掻いている無様さに 比べると、山崎のそのありったけの距離のとり方は悲しくなるほどに、 苦しく、悔しく、痛いほどに優しいものだった。 いつも先回りして、周りの見えなくなっている、視野の狭くなっている 土方に肩を貸し手を差し伸べ、導いてくれさえするのは山崎だけだった。
その山崎が初めて自分の唇に触れたときに、少し震えていたのを思い出す。 酒宴の席で沖田が「山崎は土方さんに甘すぎるんでさァ」と云った時に 苦笑したその笑みを思い出す。 (そういえばそん時に、総悟の奴が酔った近藤さんに「昔から好きな子を 苛める」とかからかわれて凍り付いてたなァ・・・)
勿論、優しく鋭いが故に、時に其れは身を切るような刃にもなった。 優しいが故に残酷にならざるを得ない、そんな山崎の姿を見た、 そんな風にしたのは、
(俺なのか)
「それでいいのか」と山崎は問うた、「今のままでいいのか」と。 そしてそんな土方を見ていると「苛々する」とも。
そもそもが喧嘩腰で、ぬありくらりと身をかわす銀時との関係は 楽なものだった。 その銀時に「影響されている」と釘を刺したのも山崎だった。 振り回されながらも、最後には突き放せない沖田への可愛がり方にも 山崎は「だからつけこまれる」と云う。
ああ、そんなにも自分を想い、見ていながらも、
(お前が口にするのは自分の感情じゃなくて、俺への言葉だけだ、 俺に対しての、俺のことを考えてのことだけだ)
疲れ果て、時折真っ直ぐに立つことすら叶わなくなるほどに思い詰める 土方を側で支え、それを見ている山崎。 他の者に云われれば「大きな世話だ」で済むような事が、 山崎に云われると、とても重い。
土方が、近藤に何も伝えないのは本人がとうに諦めきって割り切って、 それでも抱えているものに翻弄されている事だ。 それは、土方自身にもどうしようもないことで。 だからこそ、山崎の優しさや、想いをかけてくれることは あまりにも申し訳ない事でもあったし、土方も惨めだった。苦しい。 坂本から知らされた、近藤と高杉の交友にも山崎は気が付いている、 それでも誰にも何も云わない。山崎自身の思いは誰にも云わない。 云えば、近藤は咎められる、土方は更に苦しむことになる。 愛して止まない、焦がれてどうしようもない人間を、どうして裁ける? そんな事にならないように山崎は黙っているのだ。
(・・・莫迦野郎・・・!)
山崎へと心の中で吐いた言葉は、結局土方自身に突き刺さる。
何でそこまで、とどうしようもない、の苦々しい感情が ふと自分の近藤への想いと重なる。
(・・・あ?)
山崎、お前は俺よりも器用だから、そんな風にとことんまで優しく 残酷にあれる。 でも、そこにある感情は、もしかして俺の近藤さんへの想いと 同じものなのか?
土方は自室を飛び出て、事務室へと向かった。 自分でも莫迦だと思いながら廊下を走った、訊いてしまったら逆に 戻れなくなるだけだと解っていた。先にも進めないくせに。
それでも、烙印の様に刻まれた想いを抱えながらも、 振る舞いの所作に土方と山崎には大きな違いがあった。 最も土方がそう思っただけで、傍から見ればその無残で滑稽なまでの 献身と献心は大差の無いものだった。
勢いよく襖を開け放つ、息が切れて言葉をつげない土方を見て、 やはり一人で書類の整理をしている山崎は驚いて、 「やっぱり副長か、珍しいですねそんなに慌てて、何かありましたか」 と云いながら文机から立ち上がり、急須に湯を足しては「出がらしですけど 取り敢えず」と云いながら湯飲みを差し出した。
受け取って一息に飲み干す。 「やっぱり淹れなおしましょうか」 と笑う山崎に問うた。
「お前、俺のことが好きなのか」
云ってから、10代やそこらのガキじゃあるまいし、と自分の 言い草に土方は自己嫌悪した。
「そうですよ、惚れてるんです」 真顔と微笑の間で(ああ、微笑を僅かに作ったのも、絶対に俺を気遣って のことだった、今のは)本当にあっさりと山崎は応えてから、 新しく急須に茶葉を入れ、湯を注ぐ。
「気が付いてなかったんですか?」
「はは・・・副長は、予想以上に鈍い人だったんすね」
何の気負いも滲ませないその振る舞いが、多くは山崎本来の気性による ものであったとしても、
「惚れても無い人に、こんなにお節介やくほど暇じゃないんですよ、俺」
はい、と云って湯飲みを、土方いつも使う文机の上に置く。
山崎の性格によるものでったとしても、
「莫迦野郎・・・!」
どれだけの我慢と、身を切るような重圧に耐えてお前は笑っていられる? 俺が勝手に呻いている時に、どれだけの、どんな思いでお前は俺に 手を差し出す?
土方は一言溢すように吐き出して、くず折れた。
目の奥が熱くなる、泣くな、泣くな泣くな泣くな。ガキじゃあるめえし。
その土方に歩み寄ってかがみこみ、頭を撫でて額に口づける。 「しかも、俺、惚れても無い男にキスする趣味も無いですよ? 気が付くでしょう、普通」 声に苦笑が混じっている。
俯いて表情を見せまいとする土方に、やはり山崎は土方を思い遣っての 言葉を口にする。お互いにとって残酷な言葉であるにしても、土方の 先回りをしてやる。
「こうやって、結局ちょっかい出しちゃうんですからね、 俺なんて我慢強くも無いし、ガキですよ」
土方への揶揄ではなかった。
「・・・莫迦野郎、莫迦野郎」
「それは副長ですよ、どうしてこんな事、わざわざ俺に云わせに 来たんですか、あんなに走ってまで」
土方の髪を撫でながら「あーあ、もうどうしようかな、ほんと」 そう云った山崎の声は、軽い単語とは裏腹に、 重く重く深く深い、烙印の地鳴りのような響きをもった、 困りきった、そういう声だった。
END
BGMとタイトルはタテタカコです。 仕事行かなきゃなんで取り急ぎ!
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