銀の鎧細工通信
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| 2005年04月25日(月) |
謳黒 (Dグレ、リーバーミランダ) |
もう長いこと謳い上げている。 ひたすらに黒い城で黒い歴史を。 生と死の、生の、黒い生を、謳い上げ続けている。 長いこと。
口さがない者を一喝し、リーバーは見渡す限りの棺に視線を戻した。 ここまで、ここまで酷い状態は見たことが無い。 確実に事態は動き出している。その歯車がどちらに転ぶかは、 本当に「今が正念場なのだ」としか思うことが出来なかった。 今、少しでも圧されたら、伯爵の側へと状況は回転してしまう。
(これだけの人数を火葬するのにどれ位時間を取られるか)
不謹慎でも、リーバーはその時間と手間を算出した。当然の事だった。
本来なら無事に帰還したファインダーの手も借りたかったが、 大半が悲嘆に泣きくれていて、とてもではないが火葬の手伝いなど 任す事は出来ないと思われた。 こんな状態では、それこそ親族のみならず、
誰がアクマとして死者を
呼び戻してしまうか解らない。
(ラビが居れば火判で済ませられたんだがな・・・)
今、居ない者の力を頼っても仕方が無い。 哀しみに呑まれて悲劇の中で伯爵に手招かれる者が出る前に、 何とかしなければ。
(そのために、俺は此処に居るんだ)
拳を握りしめる。
科学班には古株が多い。 元々、エクソシストでも無くファインダーでも無い、事務方のそれも 極秘任務や情報、分析したデータ諸々を扱う特殊な部署だ。 ホームから出入りする事など無く、外界との縁はほぼ皆無いか、 捨てたかで、身の危険は僅少だからだ。つまりは死ににくい。
(最前線でカラダ張ってる奴らのために、俺は居るんだ)
コムイは死者の親しかった者への対応に追われている、 「よっし!メソメソしてる暇ァ無ぇぞ!」
「・・・こいつらの・・・不本意な帰還を無駄にすんな!!」
科学班の方へと振り返りながら、自分を鼓舞するかのように凛とした 大声を出す、それは棺桶に縋り付いて慟哭する者たちの耳にも入るように 意識されたものだった。 科学班のメンバーは黙って力強く頷く。
「・・・早く、安心させてやろう。皆で。」
「お前らは、アクマとして呼び戻される事なんか無ぇってよ」
嗚咽の声が、止まっていた。 リーバーの声は、夥しい数の棺桶に満たされた部屋に静かに、力強く、 優しく響き渡った。 くず折れていた者の大半がふらりと立ち上がり、 「俺たちも手伝います」 と、云った。か細く、涙に枯れた声で、云った。
リーバーは慈しみに満ちた表情で、応えた。 「・・・おう」
はた、と気が付く。 後ろの方で真っ青な(ただでさえ骨の様に青白いというのに)顔を して必死に立つのを堪えていた、ミランダの姿が消えている。 (あの人にゃ、まだ辛いだろうな・・・俺ですらこんなに酷いのは ・・・初めてだ)
ホームの広い中庭に粛々と棺が運び込まれる、科学班が急遽作った 火力装置で、棺は火にくべられる手筈だった。 リーバーがコムイとの打ち合わせを終え、火葬をはじめようと中庭へ 向かうと、其処には墓標の様に大きな時計が置かれていた。 当然その横にはミランダが、居る。 並べられた棺を開け、その死者を悼む者に囲まれた中で彼女は 跪いていた。祈るように、否、それは、間違いなく祈っていた。
「何してるんだ!」 駆けつけたリーバーに、ミランダは 「時間を吸い取っているんです」 と応えた。
「な・・・」 「ヘブラスカさんと相談して決めたんです」 「何だって?」 最後まで云う事を許されず、先にミランダに言葉を紡がれて 止まった問いをリーバーはようやく口に出来た。
ミランダはその力の特殊さと、各国に散らばった元帥たちの危険に より、付き従い習う師匠を未だ持っていない。 なので、ヘブラスカに彼女のエクソシストとしての教育は委ねられていた。
「遺体の、傷が余りにも酷い方だけですけど」 「何故・・・」 ミランダは祈るように手をかざし、本来直視も出来ないような 損傷の死体から時間を吸い取り、その死者の姿を生来のものに戻して 居るのだった。 「・・・中には、本人の判別すら難しい程の傷で亡くなっている方も 居ます、・・・それでも此処に帰ってきた・・・せめて安らかに 埋葬するのが、残された人間への慰めだと、思ったんです」 神田が居なくて良かった、瞬間的にそう思った。 絶対に彼は「時間の無駄で、しかも偽善で欺瞞だ」と云っただろう。
「殉職でも、名誉の帰還でも、この方たちの死は不本意です」 ミランダはきっぱりと云った。 四肢がちぎれ、内臓が飛び出、顔も何も判らない様な肉塊に、 彼女は目を逸らさずにただ祈りの手をかざしている。
「許さないから、せめて身体だけは本来のまま、 このホームの土に返って欲しいんです。 憎しみと呪いは、・・・もうこの方たちから解放したいんです」
棺を取り囲む者(多くはファインダーたちだ)は、皆涙を浮べながら それを見守っている。 よく見知った、生きて笑って怒って泣いていた、暖かかった知り合いが その姿を取り戻す事は、伯爵たちへの怒りを改めて実感させる行為の ようだった。 同時に、無残に過ぎる肉の塊と化してしまった仲間が、見慣れた姿に 戻って火の中に消えていく事は、哀し過ぎる諦めとともに、 救いでもあるようだった。 ある者はじっと涙を湛えて直立し、 ある者ははらはらと静かに涙をこぼした。
しかし誰も、慟哭し、号泣し、取り乱しはしていなかった。
仲間の死を受け入れ、闘っていく事への決意を新たにするように、 それは厳かな儀式だった。 呪いと憎しみから解放されているのは残された者にとっても同様だ、 それは悲劇しか産まない。 不本意な死を、不条理な暴力を、それでも受け入れて自分たちは 生きていく、そして闘っていく、そう確認するための作業だった。
リーバーの肩に、ぽんと手が置かれる。 「室長・・・!」 コムイはしいっと人差し指を口に当て、 「僕が許可したんだ」 と小さく云った。
「無念の形はそのままで処理するのが本来は妥当だろうね、 でも、あまりに人数が多すぎる。 この城に、無念と怒りと憎しみと呪いと恐怖が充満してごらん、 僕には其れは脅威だと思えた、だから、許可したんだ」
無念の形、とは、むごたらしい死体の事だ。 そう、損壊した肉体はそのまま朽ちるのが普通の事だ。 でもその普遍の倫理に悖っても、報われぬ想いを昇華しなければ 先に進めない。 機械的に死体を火葬という処理で葬っても、それは弔いにはならない。 残された者の救いの儀礼にはならない、生きていく力を生み出しは、 きっと、しない。
違和感は残ったが、あのミランダがそれを提案し、自分で動いたのなら それだけでも意味があるような気がした。 現に、見知った顔が戻っていくのを見守る生者の顔は、 当然哀しみに満ちてはいるが、そこに怯えや悲劇性は見られない。
「でも、これじゃ彼女が保たないんじゃ・・・」 リーバーはぼそぼそと低くコムイに問うた。 「大丈夫、棺にまた蓋を閉める時には、時間は戻しているんだよ」 「・・・!?彼女、もうそんな事が出来るんですか」 「みたいだね、物凄く努力しているみたいだよ、ヘブくんが誉めていた」 「・・・そっすか」
ミランダは汗をかき、唇を噛み締めながらも、慈しみと労わりと労いを 込めた細い手をかざし、ひたすらに生前の姿を残された者に見せてから 死者に時間を返し、炎の中へと送る作業を続けている。 時間もさほど長くはかからない。
(これならタイムロスもそう大きくは無い。機械的に棺桶を 火にくべていくよりかは余程人間の葬式にふさわしい時間だ)
燃え立ち、消えない炎に照らされて、その弔いの行為は夜更けまで 行われた。 死者は煙となって空へ登り、生者はそれを見送った。 遺灰は逆三角錐の容器に収められ、祈りの歌とともにホームに ゆっくりとまかれていった。 その繰り返し。 ひたすらな繰り返し。
夜じゅうずっと、弔いと歌は続き、葬列は薄明かりと香とともに ホームを練り歩き続け、連なり続けた。
夜明けになって、最後の一人の遺灰が撒かれ、中庭に仲間たちの 葬列が戻ってきた時、ミランダの時計が、響きを上げた。 哀しく、暖かく、切なく、染み渡るような 「ゴーン・・・ゴー・・・ン・・・」 厳かで慎ましい響きだった。
皆が引き上げても、ミランダは時計に寄り添い、 跪いたままで、燃え跡を見ている。 夜明けの光が彼女を仄かに包んでいる。
「お疲れさん」 湯気の立つ紅茶を手渡してやる。 「リーバーさん・・・」 ありがとう、と云って受け取った紅茶のカップを両手で包み、 ミランダはまた燃え跡に視線を戻す。 穏やかな表情では、無かった。 瞳いっぱいに涙を湛え、それは震えながらかろうじて落下を堪えていた。 「ごめんなさい、勝手な事をして、忙しいのに時間をかけさせて」 声は抑えていたが、手は震えていた。
「・・・自然の摂理にゃ反してるけど、今の俺たちには、 良かったんだと思うぜ。ありがとな」 ミランダの横にリーバーは腰を下ろした。 ふるふると彼女が首を振る。
「不自然で、異常な事だとは思ったんです。でも、大切な人が あんな姿のまま、それが最後だなんて、あんまりだと思ったんです」
「確かにあれが最後に見る姿じゃ・・・たまらんわな」
「・・・リーバーさん、私は矛盾してる。自信が無いんです、 本当ならどんな姿であれ、それがその人の最期ならそれをそのまま 受け止める事が死との対峙だと思ってるんですよ・・・」
俯いた拍子に、ぱたん、と紅茶の中に涙の粒が落ちた。
「悪いな、俺も上手い言葉が思いつか無ぇんだ。 ・・・あんたの努力が良かったのか悪かったのかも、正直解らない。 でも今が異常事態なんだよ、 ・・・仲間の内からアクマを出すより、良かった、そんなエグい事 ばっかり考えちまう」
ミランダが無言のままこくりと肯いた。
「ただ、俺はあんなに殺されたのも初めてだが、アクマを破壊しない エクソシストを見るのも初めてだった」
「イノセンスの力で人間の魂を救済するエクソシストは、初めて見た」
「憎しみと怒りだけで、人間長くは保たねえよ、 ・・・あんたは勝つために、生きるために、摂理を曲げたんだ。 それは、・・・善いとか悪いとかじゃなくて、 生きていくためには、必要だったんじゃねーかな・・・」
また、一滴、紅茶に落ちた、 「ありがとう・・・」 か細くミランダは云った。
つり上がった眉をハの字に下げ、 「相当疲れたろ、立てないんじゃねえの?」 リーバーは、ふ、と苦笑して訊く。
「ええ、実は大分朦朧としてるんです」 真面目くさって応えるミランダに、 「アンタだけなら部屋まで抱えていけるけど、時計と一緒は無理だな」 と云うと「此処で大丈夫ですから」と予想通り応えた。 彼女は時計から離れない。 またリーバーは苦笑して、 「じゃあ、俺もこいつを借りていいかい」 と訊く。 ミランダはくるりと横に顔を向け、リーバーをじっと見つめると、 微笑んで「ええ、勿論」と云った。
仮眠を取って、火力装置の撤収に来た科学班の一人が、 見たのは時計に背を預け、 互いの肩にもたれて寄り添い眠る二人の姿だった。
生を謳おう、 生を謳おう。 それが例えどれ程までに黒いものであっても。 生きている限り、生を謳おう。
END
オウコクシリーズ第3段、はDグレでした。 謳歌、の謳です。 アレンなんかは特にいい例ですね、呪われている黒い力であっても、 生を謳歌すること。それは希望なのではないか、と今週の本誌の 衝撃とともに思ったSSでした。
銀迦ちゃん、わしはやっぱりリーバーが好きですよ。 いや、ラビも大好きよ。 ただ、ミランダさんと絡めるとなると、大人なリーバーかな、とね。
ええと、『追う哭』のBGMはEVANESCENCE『FALLEN』、 『歐黒』のBGMはGiovanni Mirabassiの『Pueblo Unido Jamas Sera Vencido』でした。
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