銀の鎧細工通信
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もう長いことあの人ばかり追っている。 慟哭も叶わない、近くて遠い処でずっと。
声に出さずに恋う。 一言も云わずに泣き続けている。 こんな風になってしまったのはいつからだ? こんな想いなど抱くようになってしまったのはいつからだ? 戻りたい、帰りたい、ただ単純に彼を兄の様に慕っていた頃に。
大声をあげて嘆き、泣く。口は閉ざしたままで。 何も云わずに付いて行く、あの人の味方に、ただ側に。 吐いて行く、自分の思いに嘘を。 就いて行く、彼の助けとなる立場に身を置いて。 点いて行く、彼は俺の灯りだ。明るい光。 それを追う俺の影はどんなにか暗いだろう。
(後ろ暗い、の暗い、だよな)
土方は暗い部屋で一人、自嘲する。
(ガキの頃からつるんでたのに何を血迷って、俺の、)
(想いの質は変わっちまったんだろうなあ)
何度考えた事だろう。 憧れがただ過ぎたのだと、何度思おうとしただろう、 尊敬の仕方が少し幼稚なのだと、何度自戒しただろう、 兄貴分を慕う思いに過ぎないのだと、何度自分に云い聞かせただろう。
でも駄目だった、無理だった。 師弟愛?兄弟愛?幼馴染?憧憬? 何にも当て嵌まらない思慕はその度に募った。 それは信じ難く、受け入れがたい事で、土方は音にしない叫びを どれ程あげて過ごしたか。
同性を想うことに対する違和感も当初は感じていた、しかしそれは 取るに足らないイデオロギーなのだと承服するのに時間はかからなかった。 本当に心底、想ってしまう相手に性別など関係ない。 その人物への興味が、性的に働いても何も不思議な事は無い。 当たり障りの無い通念で、人間関係における感情を抑制し歪んだ枠に 押し込めている事の方がむしろ異常だと思えた。
(惚れた相手が同じ性別でも、それ自体にゃ問題は無かった)
(詰まらん偏見なんぞ、根拠もねーし莫迦げてる)
(でも)
あの人だけは想ってはいけなかった。
そんな風に想ってはいけなかった。
何故だかそう思えた。 彼の無償の笑顔に、与えられる生き生きとした命の機微に、 差し伸べられる力強い腕に、支えられる頼もしい背中に、 それらの純粋さに対して、自分の感情は、醜いと感じた。
独占したい、そんな風に思ってしまう自分を嫌悪した。 実際にそんな事になったら、即座に舌を噛み切って死にたいほどに、 彼の分け隔てない人柄を好んでいるのに。 まるで矛盾している自分の感情は、コントロールできない。 混乱しきって、それでも離れたくないと願ってしまう。 もつれた想いが土方を雁字搦めに縛りつける。
(そもそも俺は、あの人が難しい顔してるのが似合わないから、 それは昔から嫌だったんだ。笑ってる方が似合ってると思ってた。 絶対そのほうがイイ。単細胞の人情家なんだから、豪快に 笑ってられりゃ周りだって安心する)
昔から鼻っ柱が強く、負けず嫌いで愛想が無くて、奉公に出されても 勝手に帰ってきてしまい、揉め事ばかり起こすわでバラガキだなんだと 呼ばれる気難しい厄介な土方を本気で怒り、本気で擁護してくれたのは、 本気で土方の事を考えてくれた人間はそう居ない。 土方の云い分を最後まで真剣に聞いて、取り合って一緒に考えてくれた 人間はそう居ない。
「トシは苦労性で生真面目なんだな、そんな難しい事ばっかり 考えるな!俺の所で剣術でも習ってカラダ動かせよ!」 そう云って豪快に笑って背中を叩いてくれたのは、彼だけだった。
行灯も点けずに部屋の壁に寄りかかって煙草を呑んでいる土方の頬が ふ、と緩む。
こんな風に、ただ明るい思い出だけ抱えて、 ただ側に居られたらどんなに良かったろう。
惚れっぽい(けれど一途な)彼が、「好きな女性が見つかったんだ」と 土方に告げるたびに、胸の奥が焦げつくようになってしまった。 あまりに大切だと、愛しくて盲目的に信頼していて、支えられて、 そうして生きている限り彼への想いはどんどんと降り積もる、 そしてそれが焦げつくばかりで土方の全身は焦げついた想いがすっかり 剥がれ落ちないまでになってしまった。
募る、ちりちりと炎を小さく放ち、燃え尽きる。
灰は無風の環境の中では、何処にも吹き散らされる事無く、 ひたすらに堆積し、その層は厚みを増して一層酷く黒く硬くなった。
「しんどいだけなんて、もう恋愛じゃないぜ」 「そりゃ本気で惚れてりゃ辛い事なんて幾らでも有るけどよ」 「なんも得られるもんが無いってのは、違うよ」 非番の隊士が呑んで帰ってきたのだろう、よもや鬼の副長が 真っ暗な自室に居るとも知らずに、部屋の前を通り過ぎていく。
(しんどいだけ、ね・・・) 煙草の煙を鋭く吐き出す、真っ直ぐに放たれた煙は薄く霞む。
(そりゃしんどいさ、とても云えない感情だ) 告げたら、あの人はどれだけ困るだろう。困った顔なんて見たくない。
(忘れられるモンなら忘れてぇよ、気付きたく無かった) 間違った方向で想い始めてしまった時から遣り直せたら。
(でもなあ、) 土方は煙草をもみ消し、両手で顔を覆った。
(俺の、あの人への執着は、妄執に近いくらいで、決して楽しいような 心が浮かれるような色恋じゃ無ぇさ) 深いため息をつく。重い。
(でもなあ、笑ってられりゃ嬉しいんだよな・・・すげえ)
哀しいまでに心は定点から離れない。 今の自分の原点とも思えるくらいに、彼の存在は土方にとって大きかった。 彼が居なかったら今の自分は有り得ない。
どうしてこんなに信じきってしまったのだろう。 どうしてこんなに愛しいと思ってしまったのだろう。 どうしてこんなに大切だと思ってしまったのだろう。 どうして自分は間違ってしまったのだろう。
報われないどころか玉砕すら出来ない。 失うのが怖かった。今の関係が。
無風地帯で全てがあの人のため。
定まってしまった心の指標は動かない。
好きなものは好きなのだと開き直っても、苦しい。
背中を守って支えて行く事は、他の何にも代えがたい。
(黙って追うしかできねぇよ)
(あの人の墓の前で哭しても、俺はやかましい犬みたいにそれを 守って生きていきそうな気すらするぜ・・・)
土方の携帯が着信を知らせ、部屋を明るくする。
「よーう、赤目の黒犬くん、元気ィ?」
「よう、糖尿で甲斐性無しの白髪頭。呑んでて金でも足りなくなったかよ」
「そんなに呑んでねぇよ、ばーか。これから呑むんだよ、 多串くん、出てこない?」
風が吹いて、風通しが良くなって、堆積した灰と焦土を吹き晒して 欲しいと何処かで願っている。
END
オウコクシリーズ第2段でした。 「哭」の字には慟哭、とあるように大声で泣く、以外にも 哭す、と葬式や墓前で大声で泣く、という動詞があり、字の意味としては 口2つと犬で、犬が大声でなくものの代表とされており、口二つとは やかましいことです。 私は土方を『赤い雷と黒犬』で書いたように、虹彩がグレーがかっていて、 光の反射で赤く光る眼になる、黒い忠犬だと思っていまして、そんで この字を使いました。
ちなみに高杉の「刻」も苛刻などのように骨身を削るような苦しみをする、 むごい仕打ちをする、の刻す、と時間のきざみ、の両方でこの漢字を 使っています。 広辞苑片手に当て字。笑。 オウコクシリーズまだ続きますよ、元はたまたま手近にあった 笹川美和の『黄黒』(オウコク)のCDからなんですけどね。
★レスポンス!★ 高杉ファンで感情移入をしてくださったというアナタ様、 とても嬉しいです!正直、私は自分の書く高杉は他所様の高杉と違って 陰気で、あんまり「マッドで格好好い高杉!」じゃない事に結構ビビって おりまして・・・安心しました。 高杉ファンの方にそういう風に云って頂ける事は本当に嬉しいです。 カップリングもマイナーですし、自信ないもので、色々と。苦笑。 有難うございました!高杉はこれからも書いていきます。 相方であり、サイトオーナーの金銀迦ちゃんと近高本も出しそう、です。
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