銀の鎧細工通信
目次


2005年04月20日(水) 絶望の臨界点 (おお振り、ハルアベ)


「おい、起きろよ」

「さっさと起きて、服着て帰れ」


「寝たふりしてんじゃねえぞ、親帰ってきちまう」



「タカヤ」



ふわ、と目蓋を開ける。
眼に入ったのは、真っ白い昼間の光、カーテンに映って
その光は散乱する。更に白く。

ましろなひかり。

ずるり、と重い身体を引き起こしてみれば、榛名は勉強机に
足をかけて雑誌を読んでいる。Tシャツにジーンズ。
こいつは、服も着て、手近な雑誌を読みながら、今、俺に
起きろといったのか、そして出て行けと。見向きもせずに。

少しも心が動かない自分にむしろ嫌気がさした。
何とも思わない、余りにも何も感じない。
なのに、何で無駄な体力を使ってまで、休みの日にこんな事を
しているんだろうか。
ストレス発散になりもしないセックス。
性欲ならオナニーで処理した方が余程マシだ。


ばさ!

榛名が投げ付けた雑誌が頬からこめかみにかけてぶつかる。

「呆けてんじゃねえよ、ウゼェ奴だな」

実に凶悪な表情だった。
それも、何とも思わない。腹も立たない。
恨みつらみ憎しみ呪い、全部が丸出しで、醜悪に過ぎて、
いっそそれは一つの造形美だと感じられた。


それを見ながらも、部屋のただ明るい光に、阿部は自然と
口が笑みの形を作るのを押さえられなかった。

また要らぬ暴力を受けるので、それを悟られない様に
俯いて散らばった服を拾う。
高校入試に備えるために、シニアの3年生が引退するまであとわずか、
榛名はもうすぐ居なくなる、自分の目の前から。
マウンドでの、あの本当の目の前から。
にも関わらず、こいつは何をしているのか。
榛名は、何をしているんだ、自分と。

(本当に・・・すげぇ馬鹿、コイツ)

心の中ではネジが飛んだように大笑いをしているのに、
阿部の表情はもう動かない、無表情で無言のままトランクスを穿き、
Tシャツをかぶる。
カーテンがひるがえり、阿部の裸の背中を滑るようになぞった。
そして、その光の反射は榛名を照らす、
また榛名は阿部の方を見ても居ない。


(元希さん・・・アンタ、何してるわけ?)


極力、腰を上げたくなかったのでベッドに座ったままジーンズを
ずるずると引き上げる。
靴下を探そうとして、(ああ、今日はサンダルだった)と思い至る。
ようやく立ち上がると、筋肉が痛んだ、日頃使わない筋肉が。
カチャカチャとベルトを締めていると、

「タカヤ」

と投げやりに呼ばれる。
「なんすか」

「お前、髪伸びたな」

「ああ、別にボウズじゃなきゃいけないって訳じゃないっすし」
阿部も、榛名の事を見ないままベルトを締め終え、
「じゃ」
と云って部屋を出て行こうとする。

もう、榛名の表情に興味もなかった。
見なくても解る程度には見たし、榛名はその程度の表情しかしなかった、
そう、ただ攻撃的で威圧的な表情のみが僅かなバリエーション。
知ったことといえば、射精の時だけ、一瞬、
酷く泣きそうな表情をするということだった。
それも大概が無理な体勢で挿入されるため、あまり見ることはない。


ドアノブに手をかけた時に
「お前どうすんの」

と問われた。

「何がすか」

「俺が辞めたら」








いよいよ、堪えられなかった。
阿部は明らかに笑顔でない表情のままで噴き出し、
音声だけで激しく笑った。

榛名が、目を見開きながら顔を上げたのが、白い光の中で
スローモーションのように、見えた。
また剣呑な薄暗い目をしているのも、はっきりと見えた。
ゆらりと椅子から立ち上がり、身を屈めて笑い続ける阿部に近寄ると
胸倉を掴む、榛名の言葉を挟ませずに


「どうもこうもねえよ、俺は続けるぜ?何事も無く」

阿部は云った。

「あんたが辞める?それが何だよ、」


「ふ、くく・・・何でもねぇ事なんすよ、俺には特に問題ない」

ぶるぶると、阿部の胸倉を掴んだ手が震える。
阿部の笑いが更に増す。

「他のピッチャーの球、とりますよ」


そう云うが早いか、阿部は激しく殴りつけられる、
よろけた処を、腹に蹴りを入れられる。

「う・・・っぐ・・・げほ」

床に両手をついた阿部に榛名は云う
「お前、今更他のピッチャーで満足できるとか思ってんのか?」

ごろんと仰向けになり、咽ながら応える。

「そりゃ、ね。アンタよか強い球投げられる奴はいねーでしょ」

また口が笑いを形作るのを今度ははっきりと感じた、
口の中でじわりじわりと血の味が広がる。
明るい日差しの中で、榛名はあまりにも惨めに見えた。



「でも、それが何だよ。
精液も独りじゃぶちまけられねーような甘ったれに比べりゃ
問題ないっすよ、
俺が指示を出すんだから、どうとでもなる」



阿部は両手を交差して、その甲で顔を覆う、
情けないほど、笑いは後から後から込み上げた。
情けなかった。
ただひたすら情けなかった。


あまりに笑いすぎて、涙が出てきた。
自分は泣いているのか、笑っているのか、阿部自身にも解らない。


「元希さん・・・アンタ全然変わらなかったな、ホント、全然、
変わんなかったよ」


涙がこめかみを伝って、耳に入って気持ちが悪い。
手の甲でそれをぬぐい、阿部は立ち上がった。


硬直している榛名を見遣る。
黙って睨みつけてくる、それが一層、

哀しかった。


ふ、と阿部は微笑んだ。今度は本当に心からの微笑みだった。


「付き合ってやりますよ、アンタが俺のピッチャーでいるうちは幾らでも」


云い放った後に、榛名の顔は見ることが出来なかった。
そんな事は、とても出来なかった。
暴力すら振るえなくなっているのは、榛名が打ちのめされている証拠だ、

(俺がそれを望んだんだ)

でも阿部は榛名の顔を見ることが出来なかった。

(俺はわざと、元希さんの一番痛いところを抉ったんだ)


(ここで殴るなり、また犯すなり、せめて出来りゃね・・・)

それは矛盾した願いだった。
阿部の、願いだった。
自分によって、阿部という人間、阿部という捕手によって、
榛名が変われればいいと思った。
思っていた。




「お邪魔しました」

云って出た屋外は、一層眩しく、阿部の全身を刺し貫く。


それから榛名が引退し、チームに顔を出さなくなるまで
数回のセックスをし、暴力的な投球をされ続け、実際に殴られもした。
それで、終わりだった。








END

ええと・・・御要望があったので、書いてしまいましたおお振り。
本当に私は単純なもんで、メッセージで感想を頂けると、めっきり
イメージやら妄想やら意欲が膨らむんですね。
えらく夏先取りなおお振りでした。


レス:
ゆいさん
「一途で哀しい」っていうのは、案外私の書くキャラクターに共通して
いるかも知れない、とお言葉を頂いて噛み締めてみて思いました。
そうなんですよね、本当に土方は哀れで・・・彼の身体だけじゃなくて、
執着心ごと、誰か攫えたら面白いのに。と思いつつ、それは難しいよなあ、
なんて思っています。
せいぜい私の妄想で、銀さんを筆頭に皆には頑張ってもらいます!笑。
ありがとうございました!

15日23時のアナタ様
「お話の空気にうっとりです」だなんて有難うございます!
空気感や風景描写に実は力を入れて、想像を読んで下さる方なりに
して頂けたらうれしいなあ・・・と思っておりますもので。
光栄です、これからも頑張ります。ありがとうございました!

SUIさん
よろめくまでだなんて・・・むしろ私の方こそ、メールでも書かせて
頂きましたが、熊野比丘尼にまで反応頂けて、本当にうれしいです。
ありがとうございます。
いつもながら、私が書いていること以上のものを感じ取って、お伝え
下さる事には本当に感謝で一杯です。

17日16時のアナタ様
まあ、近藤の喉が潰れた時の高杉の反応・・・いい味かもしていた
でしょうか?嬉しいです。
んーと・・・何処の部分でしょう、殺す殺さないの遣り取りでしょうか、
呆けたところか、手紙を破いたところかな?なあんて、書いた本人が、
何処で反応頂けたかを想像・妄想しなおしてはうふうふしています。笑。
ありがとうございました!

BGM:キャシャーンサントラ
最近読みかえしブームが長い、キャシー・アッカーを読み直して超感動、
とか中山可穂の『卒塔婆小町』とか、笙野頼子とか・・・。










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