銀の鎧細工通信
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2005年04月11日(月) 火の川 (陸奥妙)

何て美しい女だろうと思った。

弟たちが宇宙旅行に行っている際に、お妙は下着泥棒と
熾烈な格闘をしていたのだが、土産話でその際に出会ったという
銀時の旧い馴染みの、片腕。その女、だ。


どうやら銀時の知り合いは、同じ店に働くおりょうをいたく
気に入っており、宇宙での貿易の合間に店に押しかける。
(あの変な男が銀サンの知り合いだったとはね・・・)
何処か合点が行く。
お妙自身は、近藤に押しかけられては昏倒の沙汰(無論、近藤が)となり、
結局屯所に電話をし、迎えを寄越させていた、そうするうちに
「鬼の副長」が自ら、隊長の非番日の不在を確認すると
勝手に迎えに来るようになった。

「ご苦労様ですね、土方さん、と云いたいところですけど、
そもそもこのゴリラが来ない様には出来ないものなのかしら?」
にっこりと微笑んで嫌味を吐いても、土方は曖昧に笑って
「馬に蹴られるのは御免でね」
と応えるので、
「馬に蹴られる前に私に蹴られたいのかしら」
とだけ云ってやった。くつくつと土方が声を立てずに笑う。

(難儀なオトコね、こいつ絶対Mだわ)


そんな遣り取りをしているうちに、近藤と坂本は親しくなり、
自然と坂本にも迎えが寄越される事態になった、一体どんな
むさい男が来るのかと思ったら、

薄い金色の髪は少し灰色がかった艶を放ち、その透ける様な髪と菅笠から
のぞく眼は、長い睫毛の影の下で金緑にぎらぎらと光り、夜行性の
肉食獣のようだった。
白い肌は夜に発光し、店内で猫の目の様に細くなった瞳孔は、
どの様な種族の天人よりも、異なる種族の様に思えた。

「毛玉が世話ばかけたがじゃ」

それが、出会い。




店に来るたびに彼女はその人目を引く容貌と腕っ節の強さで
すっかりママに気に入られ、用心棒にしてもホステスにしても
遜色が無いと入店を誘われるようになった。
もっとも陸奥が本当にスナックで働くとは誰も思ってはいなかった。


そんな繰り返される日々の中、
坂本が殴られた弾みで割れたグラスの破片、
きらりと暗い店内のライトで輝いた破片、

「あ」

スローモーションのように、それが陸奥の手の甲を掠めるのを
お妙は見ていた。思わず小さな声が出た。
陸奥ですらその怪我に頓着しては居なかったというのに。


「ママ、坂本さんの介抱お願いして宜しいですか?」

「どうしたんだい、お妙ちゃん」

「む・・・いえ、ちょっと」

お妙は何故か陸奥の手の甲から流れる血のことを云えずに、
云えないままにその血の筋に視線を奪われながら、
「陸奥さん、奥に」と小声で囁き彼女の逆の手をひいて、
更衣室へと導いた。
陸奥は、無表情のままだ。
そしてなすがままについてくる。


更衣室の椅子に陸奥を座らせ、棚の上から救急箱を取り出す。
陸奥の横に腰掛け、手を自らの膝の上において、まず血をふき取る、

「・・・陸奥さんも、血は赤いのね」

「どういう意味じゃ」

ガーゼで傷の周囲を拭い、ガラスの破片が傷口に入っていない事を
確かめると、軽く圧迫するように止血する。

「別に、貴女には血が流れている感じがしないから」

「まことおまんは怖いもの知らずのオナゴじゃな」

ふふ、と笑って「そんな事無いわ」とだけ云って、顔は上げない。
「染みるかもしれないけど」
と前置きして消毒液に浸したガーゼで傷をなぞる、そっと、そっと。

「よく気がついたな、こげなちっこい怪我」

「たまたま見えたのよ」

「嘘ばつきなや」

お妙が顔を上げる、間近に陸奥の無表情、ああ、何て冷たく激しい眼を
しているのだろう。流れる髪は金灰の瀧のようだった。

「おまん、ずっと見ちょるじゃろう」

(何てまあ、しゃあしゃあと云う)
「陸奥さんこそ、そう思ったのなら、貴女が私を見ていたのでなくて?」
にっこりと微笑む。
花の様に、天女の様に、セイレーンの歌声の様に甘美で、沈没を
意図した笑い。罠の笑み。


くくっと陸奥が笑い、肩を少し揺らした。その肩がお妙の方に触れる。

「陸奥さんこそ、嘘ばかりついているくせに」

触れた肩と、自分の目の前に霞の様にかかる髪の色にお妙は動揺する。
自分の口をついて出た指摘に、彼女は何と応えるだろうか、その刺激に
背筋が震える。

「何の話じゃ」

「貴女、そのお国言葉、嘘でしょう」
「坂本さんに合わせているけれど、貴女土佐の生まれじゃないわね」
「紀伊の訛りがある、貴女の出はそちらじゃなくて?」

圧迫していたガーゼを取り去る、血の赤が眼に焼きつく。
お妙は陸奥を敢えて見なかった。俯いたまま続ける。

「木々と雨に恵まれたお山があって、天狗がすんでいるようだ、って
こないだお客さんが云っていたわ」
「深い緑に、誘い込まれたら戻ってこられなくなりそうで、怖い、って」


「妙」

呼ばれて、顔を上げた。
「戻れなくなるやがぃ、わしはなんも云いやせん」
じっとお妙の目を見据えながら云う。

ああ、やっぱり。
熊野と伊勢の、山と海と川の自然崇拝の地。
深遠なる深い深い緑の気配だ、深い深い山の奥で、
この人は潜んでいたんだ。


「気になっとぅらし、ただ、誰にも云わんときしゃんせ」
口封じだと云わんばかりにお妙に口づける。
お妙の頬を指先で撫でた、その手の甲から、ぱた、と
お妙の手の甲に血が滴る。

口付けを受けながら、
(ああ、止まったと思ったのに、まだ血が出るのね)
陸奥の髪を梳く、
軽く、羽衣のような髪だ。
薄く開けた目で、視線だけ落とすと、自分の手の甲に
陸奥の血が鮮やかに一滴落ちている。
花のようだ、と思った。

彼女の手の甲の、火の川から落ちて咲いた、花。


ぬるりと絡む舌、「・・・ふ・・・」、呼吸が漏れる。

陸奥の、まだ血が流れている怪我の上から、お妙は掌を重ねて
自分の頬から首筋にかけて添えさせた。


お妙の掌の中で、ぬるりと赤い川が、火の川が燃えている。








END


実は、陸奥攻めで対オンナを書いた事が無かったのですよ。
大体のオトコとは総当りさせたので、いっちょオンナと、と
思ってお妙さんにしました。

他に女性キャラでは浮かばなかったので、陸奥の相手になりそうな
人が。喰えないクセモノで、強くないと、と思ったら、まあお妙さん
かな、と。

陸奥の出身は、一応、陸奥宗光の紀伊藩(和歌山・三重)に
しました。彼女が途中から使うのは志摩弁です、しかもインチキです。

タイトルは小谷美紗子から。






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