銀の鎧細工通信
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2005年03月16日(水) 紅梅 (近高)


夜気に匂い立つ紅の花弁。
骨のように無骨な幹には不似合いな、
小さく可憐な花。
満開のそれは血飛沫の様だった。
暗闇に花だけがいやに目に付く。


何処に居ようと、異質な雰囲気を纏って、
いやに目に付く彼の様に。




春めいてきて、昼間はもう暖かい。
近藤は非番の日に、その小春日和につられて
町をそぞろ歩きに出かけた。
巡察じゃなく、私服で町をただぶらぶらするのは
悪くない。むしろ楽しみの一つだ。

真撰組の制服姿では嫌でも周囲を威圧してしまう。
周りを道行く人間が、警戒もせずに浮かれさざめき、
それに埋没して歩ける事は、近藤の様な人間好きには
他ならない楽しみだった。
顎鬚を撫でながら、特にあても無く散歩をする。
可愛い娘が居れば振り返り、顔なじみの爺さんに挨拶したら、
そのまま捕まって道端の茶屋で将棋を打ったりもする。

(あ)

はっと息を呑む。
どうして、こんなに人が居る中でもアイツは目立つんだろう。
特別目立つ体格じゃない、最近は散々たしなめた所為か着流しも
昼間は地味なものを着ている。
濃紺の着流しに黒い帯、
菅笠をかぶっていないので細い首が露だ。
形の良い小さな頭、包帯と仕込刀さえなければ少年のようだった。

(まあ、あれならチンピラくらいに見えるわな)

妙な安堵だった。
本来なら真っ先に捕まえなければならない超危険分子、
攘夷志士の中でも最も警戒され、畏れられている男。
しかし隊士の口から、奴を見たという報告を受けた試しが無い、
自分は割とよく見かけるのに。しかもあんなに目立つ奴なのに。
それもまた、妙な安堵だった。

「た」

呼びかけ様として口を噤む、真昼間から大声で呼ぶ名前じゃない。
滅多に無い苗字ではないけれど、気をつけるに越した事は無いし、
何より本人の機嫌が圧倒的に悪くなる。それが面倒だった。

「晋助」

少し潜めて、低めにした声で響かせた。奴は耳がいい(夜目も効く)。
一拍、間をおいてから振り向く。
ゆっくりと。
人込みの流れの中で、明らかに異質。違和感で浮き上がっている様な。
厚くて大きな掌を胸元で小さく手を振って、大股で近付く。
何処か呆けたような顔で見上げてくるので、
「よう、どうした」
と問えば、
「名前なんて呼ぶ奴いねェから、反応できた事に驚いてる」
ぽつり
「一応、俺の名前だって認識してるんだな」
ぽつり、と応えた。
「くっ、あはははは!そういや俺も名前で呼ぶ奴なんていねーなあ、
最近じゃ”ゴリラ”で振り返っちまう」
笑い飛ばしながら、一回り小さい高杉の体を隠すように横に立つ。

本当は眉を顰めて黙り込みそうだった。そうしたかった。
偽名ですら、そうそう呼ばれないほどに高杉は人と関わり無く
生きているのだ、そもそも名前を呼ぶ相手もろくに居ないだろう。
こんなに、町には人が大勢居るのに。
こんなに、町には人が溢れているのに。


誰も知らない、
彼を知らない。
名前も存在も、「過激派攘夷志士・高杉晋助」だけが一人歩きして、
今ここに居る彼を誰も知らない。

知られても困るので、尚の事身を潜めて、
存在を消して、息を殺して生きている。
生きているのに、
ここに居るのに、
死んだ振りをしながら生きなければならない。



胸の辺りがちくちくする。
幕府は、というか片栗虎のおやっさんが俺たちを拾ってくれた
恩は一生かけて、この身で返していくつもりだし、
自分の仕事にも、侍であることにもプライドも意地もある。
でも、でも高杉を捕まえる事とそれが繋がらない、
繋げてはいけないとすら思う。
たまたま刀と侍の意地をかけて立ち上がったのが、こいつの
率いた鬼兵隊が先だっただけのことだ。
道場で行く末を考えあぐねていた自分を尻目に、こいつは
すぐに立ち上がって闘ったんだ。
そして守ろうとした幕府に仲間を殺された。
時折、土方と沖田は桂を発見しては血眼で追っかけているが、
あれも本当のところは遊びのようなものだ。
意地の張り合いのようなガキの喧嘩レベル。
本当に信じたものを守るために闘って、今も闘っている奴を
捕まえるだとか殺すだとか、多分、実は誰も考えていない。

(そんでも、俺らが考えてなくたって、立場ってモノはあるし、
お偉方は始末したくて仕方ないんだろうなあ・・・)

「お前、何処行くんだ」
考え事の合間に、突然声をかけられて驚く、
「えっ、あ?!ああ、今日は非番だから、別に何処って事も
無くって、ただ散歩をですね」
「つまんねー事考えてたんだろ、キョドるな、鬱陶しい」
ふんと鼻で笑って、高杉は痛いところを突いてくる。
でも其れは、高杉にとってだって痛いところの筈だった、
(ああ、ヤダヤダ、こいつはブチ切れてるか、嫌味に辛気臭いか
のどっちかだ。しかも両方とも自虐的なんだ)
「お前こそ、昼間出歩くなんて珍しいじゃねえか」
「買いもん」
生きていることを感じさせる言葉に驚く。

「何?」
「三味」
「ああ」

高杉の生まれは悪くない。田舎の百姓の自警団じみた、芋道場の
自分よりも良い教育を受けている。
なので、彼は三味線や小唄を嗜んでいる。

一度だけ泥酔したついでに無理矢理に謡わせた、予想外の
のびのびとした声が窓から空へ高く伸びてゆき、闇夜に溶けた。
ああコイツは死んだ仲間に謡ったんだ、と思った。
涙も出なかった。
仲間たちといた頃は、呑んでは謡い騒いだんだろう、今は独り
聴かせる者も無く。


近藤は三味線の事はさっぱり解らなかったが、4軒ほど店に付き合い、
高杉が三味線を選ぶのを観ていた。
別段、楽しそうな訳でもなく、普通の顔で眺めては爪弾く。
結局小ぶりで値段もそこそこの、上品な物を買った。

包もうとする親父を制して、そのまま無造作に手にする。
それが様になる。
(本当は飾らない粋の持ち主なんだ、高杉は)

持ち金の無くなった高杉に「奢ってやるから聴かせろ」と
ねだり、屋台で色々な食物と酒を買って、近所の寺へ向かった。
もう日も暮れてあたりは真っ暗、
梅の香りが何処からか漂ってくる。

寺の縁台で寝転びながら、高杉が好きなように謡ったり
弾いたりしているのに聴き入る。
適当に食物をつまんでは呑んで、高杉の失敗を笑ったりする。
彼の郷里の唄の意味を尋ねる。


そうしてどれ位経ったろう、きっと夜中だ。
高杉が「疲れた」と云って縁台にごろりと横になり、
煙管を吹かす。
並んで横になっていると、夜の静かさと梅の香りがぐっと
強くなるのを感じた。

近藤は香りを頼りにと、立ち上がって藪の中に入っていった、
大して夜目の効かない近藤は、あちこちにひっかかり、「いでっ」と
声を洩らすと、後ろの方から高杉の笑い声が耳に届く。
「莫迦か、何してんだ、小便か?」
「ちげーよ、あいててて何かひっかかった」
くつくつという彼の低い笑い声を聞きながら、探す。



あった。



暗くても見える紅。




ひっそりと。





またあちこち引っ掻き傷を作りながら戻る。
「おら」
高杉が首だけもたげる、

手折った紅梅の枝。
小さな花がほろほろと咲いている。


それを受け取って、高杉はくるくるとかざす。
「お前にしちゃ気の利いた勘定だ」
そう云って、耳の後ろに差した。




夜明けに彼は三味線にその枝を挟んで去っていった。
何処に帰るのか。
帰る場所なんかあるのか。
無いのに。
無いけど。



濃紺の着流しに背負った三味線、そこの紅梅。

「高杉、晋助」
思わず呼び止める。
振り返る。
「高杉晋助、高杉、高杉、高杉」
喉がつかえる、
こいつの気持ちは予想できないし、出来たとしても肩代わりできない。
あげ続けてる悲鳴を止めてやる事も叶わない。

でも、ぎこちなく歩きよって、高杉をぎゅううと抱き締める。
「高杉」
「高杉」
「・・・なんだよ」
「高杉」
「なんだ」
「お前忘れるなよ、覚えてろよ」
「なにをだ」
「此処に居る事」
「・・・・・・」
「呼ぶから、俺が呼ぶからお前の名前、なあ高杉」
そっと近藤の腕を緩めさせ、高杉は口付ける。

「また、梅持って来いよ、そしたら謡ってやってもいいぜ」

離れながらそう云った。


「おう」

じっと目を観て返事をする。
彼は何か確かめるように、近藤の胸をぽんと叩いて、
また背を向けて去っていった。

梅の香りが後に残る。
莫迦みたいな約束、他愛ない時間、でも
それがあいつの何か確かなものになればいい。
近藤は願いながら屯所へ帰った。


向き合った背は、ふたりとも少し寂しい。
少し悲しい。
でも確かに生きている。







END


長くなったなあ、読んでくだすった方、お疲れ様です。
結構ラブラブな近高でしたねえ、でもパラレル軸じゃなくって、
近藤はお妙さんのこと好きだし、土方は近藤さんのこと好きで
悶々としてます。
行き過ぎちゃった友情というか、同士愛というか・・・
義理人情に厚い、熱い近藤にとっては、高杉は放っておけない
人間なんだと妄想。
珍しくおとなしい高杉でした、きっと彼は躁鬱の波が激しい、
でも基本的に儚いと思う。
だって何も持ってないんだもの、何も残ってないんだもの。

あーあ・・・土方かわいそう。と書きながら思いました。
沖土の「白梅」と対の作品にしました。

実は超入魂しました。めちゃくちゃ有り得ない妄想カプなのにね。
つーわけでレスはまた後で・・・。
がくり。








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