銀の鎧細工通信
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| 2004年12月07日(火) |
タリヨンの原理/審判 (高そよ) |
たった一日でいい、もう我慢が出来ない。 ほんの少しでいいから、自分の足で立って、御簾越しではなく直に見て、 その空気を吸いたいと。一日でもいいから。
実を云うと城の造りがどうなっているのかも、そよは知らなかった。 将軍家の者が出入するのはほんの一部分、自分の住む家がどういう 構造なのかも知らないなど、籠の鳥と同じだ。 とにかく自分の手持ちから、一番地味な着物を選び出し、 何とか監視の目をかいくぐって女中の草履を失敬した。 これだけでも着る物から食事、睡眠に排泄まで全てを管理されている中で こなすには相当の骨が折れた。 毎日毎日隙をうかがい、ようやくの思いで服と履物の手配をした。 自分は何も出来ない、何も許されていないのだと、 それは思い知らされる毎日でもあった。 日ごと息苦しくなって、苛立ちが募り、自分の出生を呪った。 何故、この将軍家などに生まれたのか。
いざ実行の手はずが整うと今度は不安に駆られた。 実行できるのか、この何も出来ない自分に。 私には、一人で何が出来るの?
それでも退くに退けないと、自分を奮い立たせて、 夜中にそっと寝室を忍び出た。 動悸で鼓膜が破れそうなほどに緊張する。 見つかったところで元の籠に戻るだけだ、私に失うものなど 何も無い。だって何も持ってすらいないのだから。 科せられた「将軍の妹」という肩書き以外に何も。
夜気が心地いい、呼吸が楽になる。 見回りの影に隠れては進み、隠れては進み、何とか表にまでたどり着いた。 女中の履物をそっと下ろし、突っかけて辺りを見回した。 使用人の勝手口は窓の上からでも見えたので知っている、 おそらく警備が居るだろうが、注意を逸らせば何とかなるのではないか。 何もかもが仮定、知っていることなどほんの少し。
案の上灯りの元に佇む警備の侍を見て、そよは身を隠した。
ふっと横に滑り込んできた影。 気配などまるで無い、音すら立てなかった。 口を塞がれて悲鳴を上げることは出来なかったがそれは悪いことではない。 目だけで後ろを見ても真っ暗で、目だけがぎらぎらと輝いている。 囁かれた「お前、こっから出たいんだろう?」という問いかけに 背筋がぞっとした。それは真実なのだが、この刺さるような邪気は 何なのか。この男は何者なのか。 恐怖と不安とがない混ぜになって頭の中が白く弾ける。 それでも頷いた、私はここから出たい。それが私に分かる確かなこと。 そうすると影はまた飛び去り、どさりという音に振り向けば 門番が倒れている、血は出ていないし杖のような刀も抜かれていない。 ぼんやりとした灯りに照らされた影は、俯いていたけれど 細くて骨張っていて、その尋常ならぬ動きや声色からは想像できない、 か細いものだった。そのまま消え入りそうに見えた。
顔を上げて手招きをした。 そうして見えた表情、長めの髪が隠してはいるが隻眼に包帯、 年齢は自分よりも十ほど上だろうか、どこか時を止めてしまったかのような 異質な雰囲気の、暗い表情の男。 禍々しい雰囲気と、その姿にはひどく違和があった。
そよは意を決して植え込みから姿を出した。 この男は自分が何者なのか知っている、そうして自分の意図も。 心を決めるしかなかった。
そよの姿を無表情で、本当に抜け落ちたかのような無表情で 見やった後に男は勝手口の内鍵を破壊した。 抜いた刀の光が目に焼きつく。 それに意識が囚われていると「さあどうぞ、・・・・・・・そよ姫?」 呼びかけられてはっと顔を上げる、しまった、これでは自分の素性を 肯定したも同然だ。 静寂が場を満たした。 男は続けて「お早く、じき見回りが来るんでね」と云った。 そうしたことまで熟知し、浪人の風体で仕込み刀、深夜の入城、 隻眼、派手な着流し、真っ当な侍ではない。この男はー攘夷志士だ。 敵意を持ってこの城に潜入したはずであろう男が、 何故自分の脱走を手助けするのか。 兄の命でも狙いに来たであろうのに。 思うことは尽きなかった、けれど考えている余裕はない。 そよは門へと駆けた。
男を見向きもしないで門から飛び出てそのまま走った。 走ることなど何年ぶりだろうか。 すぐに息が切れ足がもつれる。 自分の肉体を感じた、ああこれは私の体! 足音すらしなかったのに男は横に立っている。 「あなたが何者で、何のために城に入ったかはお聞き致しません。 私が城を出ることを手伝って下さって有難うございます」 切れる息を堪えてなるべく冷静に、毅然と述べた。
この小娘、やはり莫迦ではない。しかし無知だ。 高杉は心の中で嘲笑した。 籠の鳥が、籠から出たところで飛べるはずがない、 飛ぶための羽など切られているのだから。 さてどうするか。ただ殺しても仕方がない、 どうすれば楽しいだろうか?
「私を殺すのは構いません、けれど一日だけ待っては貰えないでしょうか。 一日で私が城に連れ戻されるか、それとも見つからずに終えられるか、 待って欲しいのです。 ・・・連れ戻されなければあなたの好きにして下さい」
高杉は動揺した。俺の狙いも一定の素性も分かった上でこの娘は こんなにも傲慢なことを云うのか。 怒りとも驚きとも、もう分からない激しい感情が流れ出した。 焦点すら合わせられない、眩暈がする。 思った瞬間に刀を抜いてそよの首に突きつける。 「てめえがそんなことを云える立場か・・・待てだと? お姫様の我侭が城の外でも通用するとでも思っていやがる。 目出てェな、おい!!」 我ながら頭の悪い物言いだ。 吐き付けたいことなら幾らでもあるのに、どうして今 こんなことしか云えないのだろう。 悔しい、こんなにも踏み躙られることが。
「我侭は承知しています、けれど、けれど・・・ 少しの自由でいい、それを私に許して下さい!」 そよは震える体を自らで押さえて、高杉の目を見ながら きっぱりと云った。 やっぱり・・・。 この男に私の云うことの意味は分からないだろう、 今ここで斬り捨てられても何の不思議も無い。 どうせ最期なら好きなことを云わせて貰う、我侭なんて本当は 何一つ許されたことはなかったのだから。
刀の切っ先も震えていた、男は視線だけで息の根を止められそうな 目つきで睨みつけてくる。 ああ、でも泣きそうな表情だ。
「どこまで勝手なんだ・・・つくづくてめェらは人の命を何とも思って ねーんだなァ!!」 怒鳴ってから高杉はどこか別の処で考えた、 今俺は何て云った? それは自分も同じことではないか。 俺にこの娘を責める資格があるのか? 自分自身が同じことを自分の勝手でしているのに・・・!
「人の命って何ですか。私は自分の命ですら感じられない。 あなたには分っている人の命の意味が、私には分からない! 飾り物の幕府の、飾り物の将軍の、その妹に何か分かると、 何を知っているのだと思いますか!」 こんなことは言い訳だとは私にも分かる、でもこんな風に思ったことを 云うことすら叶わない、大声を張り上げることが喉を傷めるまでに 衰えている私のことなど誰が分かるだろう。
「はっ、こうやって刃物突き付けられても自分の命が分からねーのか。 何にも知らないでのうのうと生き続けてるのか! それがどれだけの犠牲の上に成り立ってるのか、知りもしない癖に、 生きてることすら分からねェって云うのか!」
「攘夷戦争のことは学びました、沢山の死者が出たことも」
上げ続けて、力みすぎていた腕がだるい。 高杉は刀を下げた、本当はそのまま脱力してへたりこみそうだった。 視線を落とすと、自分の掌に爪の後がくっきりとついている。
「お前、年は幾つだ」 「15です」
「本当に・・・何も知らねーんだなあ・・・」 どれだけ死んだか、誰が死んだか、誰を殺したのか、 何のためか、何のためか、何のためか。
「私たちの一族と、あなたたちの誇りを守るために戦ったのでしょう?」
ぴんと張った細い細い線の上に、向き合って立っている。 どちらかが今にも落ちそうな細い線の上に、何の支えもなしに。 決して交わらない線の上に。
何て無情な判決だ。
NEXT
すみません、長くなったのでまだ続けます。
タリヨンの原理というのは「目には目を、歯には歯を」の報復原理です。
城と審判はカフカから取りました。 向き合った不条理の前に人はあまりにも無力にならざるを得ない、 そういうカフカの作品性を反映させたいがためです。
すげー力の入れようです。 分不相応なテーマを選んでしまった・・・! よし続き頑張ろう。
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