人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2005年10月15日(土) 死を覚悟したことは間違いではなかった

どうにか、産みあげました。

結局、自然陣痛は無理とのことで、朝9時30分に陣痛室に入室。子宮口に風船を2回入れられ、促進剤を使われた。結局生まれたのは、翌日の2時半頃。非常に長い1日だった。

出産のことを分娩とも言うのだが、出産にあたって必要不可欠な『分娩の3要素』というものがある。娩出力・産道・娩出物の3つ。これらが3つうまく噛み合って胎児は母胎からから外に出るのだが、そのうちの娩出力のひとつが分娩経過途中異常事態に陥り、回旋異常という安産とは言い難い状況になってしまった。あと一歩で帝王切開転院という危機、回旋異常が起こっているなどということは夢にも思っていなかった私は、「あともうちょっと頑張れば大丈夫」という助産師のことばを信じ、「生みの苦しみって、こんなに苦しいものなのか? これが終わったら本当に2人目3人目なんて思えるのか?」という疑問を抱きながら、無理やりいきんで普通分娩で産んだ。結果、出血量1ℓ以上、会陰裂傷、痔悪化。ふたりめも産みたい、などとはまったく思えなかった。
子どもが無事生まれ、胎盤が出るのを待っているとき、助産師が膿盆に溜まった血液を計量しているのを横目で見ていた。そこに、大量の血液が見えたとき、「ええええええ、そんなに出血したんですか?」と目を疑った。普通、200台〜多くて5、600ℓ位なのに、なんじゃそりゃ、状態。一気に目の前が暗くなった。

はじめてトイレに自力で行こうとした途端貧血で倒れ、意識確認をされている最中に気がついたり、せっかくの母子同室なのに痔の悪化で椅子に座れずベッド上で授乳だけしておむつ替えも沐浴も助産師にやってもらったり、そんな駄目駄目な自分に悲しくなって涙が出ちゃってちょっとマタニティブルー症状が出てしまったり、そんな素敵な出産経験をした。しかも、病院には職業を隠していたのに、パート助産師のひとりが一昨年まで私の職場で非常勤保健師をしていた人で、職業バレはしてしまうし…。お陰で、私は沐浴指導もされず、調乳指導もされず、ひたすら母乳のことだけを指導してもらった(仕事では助産師にお任せしているので、知識が乏しいので)。

現在、児は元気いっぱい、母乳状態良好。痔もほどほどだましだましのお付き合い。気持ちも落ち着いている。
少しずつ家事を始めた。私が貧血と痔で死んでいたときには、夫が慣れぬ家事にイライラしながらも動いてくれたので、どうにかここまで生きてこられた感じだ。

家族が、無事3人になってよかった。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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