人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2004年10月04日(月) 真実に気を取られ過ぎた挙句

噂の真実を追究したって意味がないことだってある。

どうして、「もし自分だったら」という考えに至らないんだろう。考えてもみてよ、そういうことって根掘り葉掘り聞き暴かれて、それっていい気する?と揺さぶりたい。そういう衝動に駆られた。

それが人の道を外れた真実であろうと、たとえ本人は被害者であろうと、真実を突き止めようとしてはいけない事柄だってある。思春期に、たとえその本人を護るべき立場の人間であろうと、本人が語ろうとしない子ども心にもプライベート事項とされているだろう領域まで、踏み込んではいけない。

友人同士だからこそ言えた重い話を、伝言ゲームのような形で子どもから聞いた大人が慌てふためいて話を大きくするというのは、本人を傷つけていることとイコールだ。そのことを知ったら、本人がより傷つくのは目に見えている。なのに、どうして、そう事実ばかりを、聞き出すことばかりを、頑張ってしまうのか。

義理の、母よりも自分に近い年の父親が10代前半の娘に何と言ったのか何をしたのか、そんなのどっちだっていい。小学校中学年の男の子が、エレベーターで変質者にどこを触られたのかなんてこと、わざわざ聞かなくていい。本人が言おうと思ったときに聞いてあげられたら、それでいいのだ。

傷ついて泣いていることに、一番に目を向けてあげなければ。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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