人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2004年10月02日(土) |
手を離れてしまったそれは、もう自分には関係ないものなのか |
永遠の課題か。
10月から私の住む地域も、以前は簡単な仕分けだったけれど、ごみ細分別化が始まった。そして早速ごみ捨てに行ったら、マンション内清掃及びゴミ箱清掃をしてくれているおじさんが、とても怖い顔をしていた。 私はある程度、前に住んでいた地域で分別をしていた経験もあり、特に苦に感じない。というか、実家のごみ捨ての厳しさに比べれば別に何のことはない。たまに、「これどのごみ?」というのや「この非常に取れにくい蓋はプラで本体はペット容器? 分解できないよ!」と困るくらいのもので、慣れれば普通のことになる。
清掃のおじさんは、ごみとして出された半透明の袋を外から見て、今日のごみでないものを発見したら鎌で切り裂き、おじさん持参の袋に入れるという作業をしていた。「あんた分けてきた?」と怖い声で聞かれたので、夕べ、10月から施行だったのを忘れていたゴミ箱をひっくり返して恋人と一緒に分けたことを頭に思い浮かべながら「してきました」と応えた。「最初が肝心なんだよ」とおじさんは言う。
部屋に戻りながら、何でごみを分けられないのかなあ、と考え、出してしまったものは自分とは関係ないと思っているんだろうなあ、と至る。近所づきあいがあったら、こうはいかない。近所づきあいの薄い、この寄せ集まりの地区だからこそ、こんなに問題なんだろうなあと。前に住んでいたところは、とにかく地域が昔馴染みばかりで、ごみ捨て日じゃないと捨てられない、ごみ捨て日は早朝から誰かがいてごみ捨て時にそれとなくチェックされるという所だった。
小・中学校で、ごみについて学んだ記憶がある。ごみ埋立地・夢の島だとかの見学も行った。だけど、ものを大切にしましょう、自分は使わないならリサイクルに出しましょう、捨てるとなったらちゃんと分別しましょう、と学校でいくら言っても、家庭での分別がいい加減だったら、それが当たり前の感覚になってしまうんだろうなあ、教えた先生ってかわいそう、などと思ったりもして。
おじさん、どうぞ頑張りすぎないで。
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