人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2004年08月29日(日) |
もうその傷は隠さなくていいよ、と誰かが言ってあげられたら |
"虐待"も"病気"のようにどこかで予防しないと。
親から子へ、その子が親になって子へ、その子が更に親になって…という虐待の連鎖を断ち切るのは難しい。加害者であり被害者でもある人の苦しさを思うと、切ない。理想としては「こんなことしたくないのに」「自分がされて嫌で自分はそんなことしないと決めていたのに」「なんで同じことしてるんだろう」だけど「あんただけが愛情を得るなんてずるい」「私は我慢したのに何であんたはそれをもらえるの」「私だって今からでも欲しいのに」…矛盾した感情は誰の内にだってあるけれど。
虐待の被害者は早く加害者の下を去りたくて、若くして誰かと一緒になることが少なくない。自分はしあわせな家庭を築くんだ、と決意しながら。そして、妊娠して、子育てを始めて、そこで苦しみ始める。パートナーやその周囲の支えがあって連鎖を断ち切って生活している人もいるけれど、そんな"重い"人を支えられる力のあるパートナーに出会う確率は低い。そして、暴力や放棄が当たり前にある状況に陥る。
子どもが大きくなって感情を出してくるにつれ、イライラとモヤモヤが大きくなり、爆発する。叩いてしまったり怒鳴ったり無視してしまったり。そんな自分を嫌悪し、誰かに話すだけでは収まらないほどの感情を抱え、心の行き場のなくなる。下手をすると、重さに耐えかねたパートナーや友人たちに去られてしまったり。
そんな風になる前に、本人でも友人でもいい誰でもいい、私たちの存在を思い出してくれたら、といつも思う。
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