人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2004年06月11日(金) |
ひとりでは支えきれない重み |
一番伝えたい人たちに伝わらない、その不条理さ。
我が子がかわいくないこの状況をどうしようだとか、つい余裕がなくて手を上げてしまってそんな自分が嫌になるだとか、自分なりに頑張っているのに状況が改善しなくてイライラするだとか、そういう人たちが、その一歩先の最悪の事態に進まないようにするためには、何が必要なのだろうか?
相談できる先の案内。誰かがそれに気づいて声をかけてあげること。"自分"ひとりだけが悩んでいるわけではない、ということの提示。 人は、賢ければ賢いほど、自分の弱いところを他人に隠そうとする生き物だ。だけど、そこをあえて切り開く、その力。それと出会うことも、本当に縁だとか運だとか。
ニュースに出る虐待事件というのは、本当に最悪な段階にまで進んだ事件が多い。ニュース内で特集を組んでくれたのはいいけれど、専門家としてはなんだか釈然としない、ただただスキャンダラスなテーマとして取り上げられた感がぬぐえないものが多い。 真面目に「あなただけじゃないから」と伝えられるものは、どれだけあったのか。かえって、「やっぱり私は駄目なんだ」と閉じこもらせてしまうようなもののほうが多かったのではないだろうか。
本当につらいことに深く直面している人は、周りの声など入らない。周りで起こっている、自分にも当てはめられることに当てはめて考えられない。ニュースの大きな見出しでさえ視界に入らない。自分のことだけで精一杯で、どんなに世間で何を強く騒いでいても、少しも歯止めにはならない。
世間とは違う流れの中で必死に生きている人たちの、その深い心内に何が秘められているのか、その人を探して内側を探るだけで疲労。
人ひとりの気持ちの方向性を変える重みは、とてもひとりでは支えきれない。
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