人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2004年05月15日(土) いつか、きっと

結果を急いではいけないということ。

何の為に、私はこの人たちの所に定期的に通っているのかなあ、と悩んだことがあった。虐待問題のある家庭で、児童相談所は入っているし、就学前の児たちは保育園に預けさせたし、病院とも連携しているし、児たちは全員市での乳幼児健診は終わっている年齢だし、母は転居前の市の保健師の印象が悪くてうまくこちらを拒否気味だし。

手ごたえが少しもない、疲労感ばかりの訪問。玄関先で、5分も満たない話を、数ヶ月に一度する。

それを、1年以上続けていた。先の見えない支援。"支援"て何だろう? 私のしていることに意味はあるのか? 悩んで所長に相談したら、「そういう支援もある。いつでも相談乗れるよ、と母に示すのが大事なケースだから」と言われた。だから、じゃあもう少しがんばってみるか、と思った。

その2日後のことだった。ケース宅の母が、事務所の窓口に顔を出した。
「市役所まで来たので。この間ぜんぜん話せなかったから」
市役所は事務所のすぐ近くにある。だけど、素通りなら簡単にできる位置で。わざわざ寄ってくれた、その母の行動に、私は驚いた。母は子どもの近況を、私に教えてくれた。

母の来所を所長に文書報告したら、「よかったね」と言われた。

"私"という存在も、いつか、誰かに響くことがあるのだ。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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