人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2004年04月24日(土) |
愛も不幸をも生み出す行為 |
誰も気づいていなくて孤独感を感じた。
通勤に、バスと電車を使っている。出張がない限り、同じ時刻、同じ車両に乗るので、メンバーもおのずと顔なじみになる。席も、同じようなところにかけている。 いつも、バスで見かける高校生カップルがいる。この、男子校生のほうが曲者で、毎朝大いびき。隣に座る彼女はうるさくないのかな、とも思うが、好きな人だし自分がゆっくり寝る時間帯でなければいいのかもしれないと考えれば、まあ耐えられる範囲のものなのだろう。私には結構騒音なのだが。
そんな男子校生が、たまたま起きている日があった。私は彼らの斜め後ろの席に座り、ぼんやり収納雑誌を読んでいた。そんな時、たまたま視界に何か違和感のある動きが見えた。よく見ると、男子校生の足にブレザーがかけられていた。ちょっと不自然なほど下半身をしっかり覆っていた。そして、その布地が怪しくさざめいていた。ちょっと身体をずらしてみると、少女の手がそこに伸びていた。嗚呼。
朝からするなとは言わない。公衆の面前云々なんてことも言わない。ただ、失敗するなと、不幸を作るなと、それだけを伝えたい。もしかしたら、不幸の連鎖の中にいる子どもたちなのかもしれない。だったら、絶対に絶対に、この先の連鎖に巻き込まれずに立ち直って欲しいと思う。
愛された記憶がないからうまく人を愛せないというのは正しい。愛情という名のしつけの中に暴力があった人に、暴力なく愛せと言うのは難しいものだろう。心身のスキンシップなく、物だけ与えられて愛を注いだと思われて育った人も不器用にしか人に接することができない。そんな環境で育った人が、身体のつながりしか異性を信じられなくても、それはそれで仕方がないと思う。
今しあわせなら今のしあわせを維持してねと、そっとふたりを見送った。
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