人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2004年01月28日(水) |
子どもたちは憧れだけで目指すものではないことをどこで知るのだろう |
なんだかなあ。
短大も大学も看護系だったので、友人たちはみな、医療系職業従事者。特に、看護師が多く、飲み会では病院の話は欠かせない。
関東圏内でも、同じ病院に従事している者たちはほとんどなく、色々な病院の話を聞くことになる。共通していえることは、ここなら入院したい、という病院がないことだ。従事者自体が「私なら絶対に入院しない」と言い切るような病院ばかり。 最低限の業務に時間をとられ、話を聞く時間もゆっくり食事を介助する時間もなく、機械のように動くことが多いと、幼少の頃から看護師という仕事に夢を持っていた友人は泣いた。
私も、看護師免許を取ってから入院したことがある。某共済組合病院。急性胃炎に伴う脱水による入院だったのだが、病室にて、2時間くらいで終わるのでまた新しいのと取り替えますね、と年配看護師に言われて素直にうとうとし、気づけば開始から3時間過ぎ。点滴はとうに終了していたらしく、血液がチューブ内に逆流したままに放って置かれていた。
わざわざナースコールで呼ぶのも何だかなあ、と自分で点滴ホルダーを押しながらトイレに行くついでにナースステーションへ。夜中の1時頃だったのだが、ステーションでは看護師ふたりがお菓子を食べながら記録をしていた。
別に、それに関して文句はない。病棟の仕事というのはある程度理解しているし、私のように軽症な人間は忘れられても仕方がないと思う。いくら病気とはいえ、意識があり、ある程度動けるのならば、自分で自分を管理することも大事だと思う。 自分は病人なんだからちゃんと見ろ、と人任せにする気持ちがあるからこそ、こういう場面に当たったら怒りがわいてくるのだと思う。でも、意識がない、安静の必要な手術した、自分で体が動かせない、という理由以外では、やはり病院で世話になっていてもすべてをお任せするのはどうかと思う。
短大時代の友人たちは、お金のかかる趣味があるために看護師の仕事を辞める気がない者が多い。むしろ、平日休みが取りやすくていいわと、割り切って働いている。 大学時代の友人たちは、4年頑張って辞めようと、来年度いっぱいで辞める気満々の者がほとんど。会えば顔色悪く、疲れているのが常。
働く者が辞めたくない、辞められないわよと言うような、総合病院病棟なんて、あるんだろうか。
なんだか憧れるほどの夢がない。
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