人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2004年01月22日(木) |
私にはこの先返せるものなど何もないかもしれないのに |
最近、涙腺が弱くて参る。
実家まで1時間くらい、職場まで1時間くらいの、駅から3分というS55年築の物件を借りようと思った。連帯保証人を頼んでいた父に、賃貸入居申込書を渡した不動産屋でもらった物件情報をFAXで平日昼頃送ったら、その夜、すぐに連絡があった。 彼と住むんだろう、と言われた。だったらもっと生活しやすそうなところにしなさい、と言われた。
父と母には、彼と住むから引っ越すと言うことははっきりとは告げていなかった。ただ、職場のある市から脱出したいからとしか伝えていなかった。だけど、某市の方が彼の再就職先が比較的見つかりやすいだろうという私の考えは、父にはとうに悟られていた。お父さんもそう思うよ、と先に言われてしまった。 でも子どもができたら助けが必要だからと言いかけたら、関東圏内、どんなに遠くても行けない距離ではないから、助けに行くよと言われた。
確かに、借りようと思っていた部屋は2DKなのだけど日当たりはいまいちで、古いことは古かった。だけど、住めないことはないと思った。最低限のリフォームはされていたし、家賃も古い物件の割に駅近くなのでひどく高額だけれども私の給料だけでもぎりぎりやっていける範囲のものだった。だけど、新婚向けかと問われれば、違うと断言できる部屋で。
親にとって、私はいつまでも娘であり、しあわせになってもらいたいと切に願われている存在だと、知らされ。どんなに親の意にそぐわない人生を選んだとしても、結局は切り離すことはできず。
私も甘えてばかりだ。
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