人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2004年01月19日(月) |
私もお母さんになりたい |
産婦人科外来受付に座っていると、自分の醜さと対峙せざるを得なくて嫌だ。
父宛ての年賀状に、『そろそろおじいちゃんおばあちゃんになってもおかしくないんじゃないか?』と手書きで一文添えられているのを見つけた。父の、大学時代からの友人からのものだった。 余計なお世話、と思いながらも、私のふたつの目はその文章に吸い込まれた。
悪気のない言動は、世の中にたくさん転がっている。それは、「もしも」だとか「万が一」が他人事だからこそのことで。 これを見て、両親は何を思っただろう。
時折、「本当にできるかなあ」と弱音を吐き、泣き出す私に彼は「大丈夫や。できるまで毎日やってやるから」と慰めてくれる。彼には、彼によく似た娘が前妻の間におり、離婚後に高熱を出したり大病したことはないとのことなので、やはり、私との間にできないといったら、縁とか運とかの問題だけではなく、大きくは私に原因があるということだ。心当たりは幾つもあり、それ故に未来計画を考え出すとひどく落ち込む。
中途半端な身体状態で、期待するなというほうが無理な話で、どこかに希望を抱きつつも何もする前から絶望を想像する。
私はなんて、弱いイキモノなんだろう。
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