人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2003年11月18日(火) ネットでの姿は素直な実像、現実の私は無口な虚像

ネットの手軽さと無責任さ。

以前、とある悩み掲示板で心無い回答に傷つけられた女性がいたことを日記に綴ったことがある。その、同じ掲示板を久しぶりに覗いてみたら、やはり、これを見たら悩んでる当人は傷つくだろうなあと感じられるような書き込みが複数あった。

避妊をしていないのに妊娠しない原因について未婚女性が問いかけをしているのに、未婚で妊娠を希望するなんて間違っていると、順番が逆だろうと、そんな回答を幾人もの人がしていた。
それ、質問の趣旨に合っておりません。と静かに思いながら、私は私の回答を書いてみたのだけれど。

どうにも、性に絡む話題の多い掲示板では、一方的な感情論だけでものを言う人が多い。感情はその人自身を形成する大事な核なのでそれをことばにして誰かに伝えられるのはいいのだけれど、一方的過ぎると、ただの説教であり押し付け的なものになる。こういう感情もあるとか、こういう見方もあるんじゃないの、という姿勢を表せるのが本来の誰でもが書き込める手軽な掲示板の役割なのではないかと思うのだが。感覚相違やジェネレーションギャップに過敏反応を示して、「大人の意見はちゃんと聞きなさい」「あなたはまだこどもなのよ」といったセリフで大人気ないことばを投げつけるのはどうかと思う。

妊娠前に結婚しようと妊娠後に結婚しようと、同じだけ新しい生命を愛することができたら、たまごとにわとり論と一緒になるんじゃないかと思う。どちらが先か後かで、はっきりとその後の人生に影響があるかといったら、ほとんどないんじゃないか。「お前ができなければあんなのと結婚することなかったのに」となったら、それはそれでおしまいだけれど。

ひとつの見方だけしか見せないことは、マニュアル人間を作り出す原因になっているのだと思う。柔軟だとか多角的だとか、物事にはさまざまな取り方があるのだ。手持ちのカードをあるだけすべて見せて、どれを選ぶかを決めさせないと、人は言いなりになることを、考えることもなく楽だと思い込んでしまうだろう。

ネットでは相手の反応を確認しながら、より自分の伝えたいことを正しく伝えようとことばを重ねることができず、難しい。たったひとつのやりとりで、人の印象は変わってしまう。

掲示板を利用する人に、現実世界で初対面の人にネットでの文章と同じことばを直に投げかけられるのか、私は問いたい。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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