人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

日記一覧pastwill


2003年11月11日(火) 感覚の温度差

難しく言えば、人間の尊厳とは何か、ということ。

医療従事者という名でくくられる集団で、お年寄りの介護の話しをしていたときのことだ。リハビリをすれば寝たきり・おむつ使用から排泄自立していけるのではないか、と私が思っていたケースに関し、年配の看護師が、「おむつの何が問題なの?」と言った。

何が問題って…あの、お聞きしてもよろしいですか? おむつを好んでする人って、いるんですか?

他人にシモの世話を受けてまで生きたいと思わない、と比較的元気なお年寄りは発言する。なのに、脳血管障害や骨折などで排泄自立が阻害され、おむつをしないといけないとなったとき、その当人は何を感じるのか。

ところで、幼少時のおむつが外れてから、そう、大人になってからおむつをしたことのある人っていますでしょうか?
私は20歳の頃、学校で配布されたおむつをはいて、してみたことが。当時もいくら改良されつつあるとはいえごわごわ感は強くあり、よししてみるぞ、と決意したはいいけれど根っこのところで精神は嫌がってなかなか出てくれなかった。尿意があってもおむつにはしたくないよと、己に拒否された。だましだましやってはみたけれど、やでやでしょうがなかった。水分を吸い込んで重くなるおむつに、何か大事なものが染み出していったような感覚があった。

大事なことを見失った医療従事者に、私はことばを無くした。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




↑エンピツ投票釦
My追加