人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2003年10月28日(火) |
佐々木(仮)家の人々 〜 姑の介護放棄した母を持つ保健福祉従事者 |
"高齢者虐待"と聞くたびに、胸がチクンと痛む。
我が母と、父方実家の折り合いはひどく悪かった。母が父が結婚したのは、家柄とか財産目当てとか、そういう打算があったわけではないことは、結婚当時まともな職に父がついていなかったところからも見て取れる。小さいけれどもとある会社の社長令嬢だった母が惚れた父は、夢だけがあるお金のない若者だった。
父の実家は自営業をしていたが、父母の婚姻後倒産した。多額の借金の返済は、父母の肩にもかかってきた。母の実家から、少なからず援助をしたそうだ。母の実家だって裕福な生活だったわけではない。けれども、かわいい末娘の惚れた相手の実家ということで、母方祖父母は頑張ったらしい。 そして、母の両親は早くに亡くなり、父の両親は年齢に関係なくその後も生き続けていた。
父方祖父が亡くなり、祖母だけが残った。その祖母も当たり前のことに徐々に加齢し、ひとりで田舎に住むにはつらいだろうと、そういうところまできたときのことだった。父が、祖母を家に引き取りたいと、そう言い出し、反対する母を無視して田舎から祖母を家に連れてきた。
そのときの、母の反応を私は忘れられない。10年以上経っても、母があれほど取り乱したことはないと、そう断言できる。狭苦しい団地の廊下で、金切り声を上げた母。その姿を呆然と見る父。当時小学生だった私は、4つ年下の妹を抱きしめ、見てはいけないものを見てしまったと、そう感じていた。そのときいたはずだろう祖母のことは、まったく覚えていない。
だけど、田舎は遠く、しばらくは祖母を家に置いておくしかなくて。 後日、「学校から帰ったら、おばあちゃんと話してあげて」と父にそう言われたけれど、夏帰省で会うくらいの祖母に何を話せばいいのか幼かった私には分からなくて。祖母を忌み嫌う母のことを無視することもできず。
父方実家近くにいた父の姉が老人ホームの申し込みをしてくれ、しばらくして祖母はそこに戻って行った。うちで転倒し、大腿骨骨折というお土産を持って。
高齢者虐待にも対応する職についた今なら、色々思うこともあるが、今でも母を責める気にはならない。
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