人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2003年10月25日(土) 理想論・感情論だけでは対応できない

多少の犠牲はやむをえない。

男が身内を虐待しても「ひどい男」呼ばわりくらいなのに、女が身内、特に子どもを虐待すると非難のされ方が常軌を逸しているのはなんでなんだろう。子ども虐待していた母に対しての処罰が、死刑論にまで及んでいる人もいた。その人は子どもを育てている女性で、「子殺しは大罪」くらいの勢いだった。だけど、それだけ子どものことを思い大事にしているのだろう、と納得していいものなのだろうか、私は考えてしまった。「うちだって一歩間違えばそうなっていたかもしれない」ということばのほうが、うなずけるのだが。

腹を痛めて産んだっていったって、「かわいい我が子」が腹にいたわけではない人はたくさんいる。女が妊娠を打ち明けた途端、逃げる男は多い。そんな男の裏切りを経験した上で、じゃあその男の種でできた子どもをみんながみんな、かわいいと思えるのだろうか。それに、そんな無責任な男のほうが問題あるだろう。見る目がなかったんだよ、なんて意見、私は切り捨てる。
また、うちは離婚しててもこどもをかわいがっているわよ、というセリフは、"自分がしていることは他者もできて当たり前"という感覚から来るのだろう。その自信が、すごいと思う。そういい切る人がいるから、傷ついて四方八方になってしまう人が出てくるのだということを、知らないのだろう。

虐待する父母に対して死刑を、だなんて言ってたら、私の受け持ち地区はかなりスカスカになってしまう。というか、市全体がかなりスッキリスリム化。家庭訪問件数も減り、どんなケースに訪問に行っていたか知らない人たちからは"最近の保健師は仕事しないで遊んでる"だなんて言われかねない事態。
そして、母を失った子ども、父を失った子ども、夫を失った妻、妻を失った夫がうようよと出現し、実家の援助が得られなければ家族機能は崩壊。特に女性は、この不景気、手に職のなければ大変。子どもを預けるところを探し、職を探し、やっと昼間の仕事を得られても収入が足りず、週に数日、夜の仕事もしたりして。

子育てに直接参加していない人たちって、子育てを主にやっている人をねぎらっているのだろうか。大抵は生んだ女性が子育てを請け負っている。だから、夫だったら妻に、舅・姑だったら嫁に、父・母だったら娘に、ちゃんと「頑張ってるね」「何か手伝うことある?」と言ってあげているのだろうか。
子育てって誰にでも出来ることではない。やれてあたりまえのことではない。昔からやってたことでしょ、なんて言う奴は自分と置き換えて考えて欲しい。学生時代、どの教科も満遍なく出来たのか? 苦手な分野って必ずあるはず。その教科が"子育て"ということだってあるのだ。

口先でああやったらこうやったらそれはどうなの、ということなんて、簡単だ。だけど、近くにいる人が出来るところで手を貸してあげることは、大事なことだと思う。誰かが見てくれると、いつも見ている人はほっとする、その時間だけは力が抜ける。生まれた直後は特に、女性は24時間子どもといることが多いので、ぼんやり放心ということはあってもゆっくりする時間はほとんどない。しかし、手を出しすぎると女性の自信を喪失させ、子育て放棄の可能性も出てくるのだが。

中には、もう産んでさっさか誰かに預ける女性もいるが、それはある意味、正しい道であると思う。自分で育てられないことを見極め、子どもの安全を確保したといえるからである。預けられたほうにしてみれば色々な意味で大変だが、それもひとつの道であることは間違いない。

子どもが数人いる家庭で、たった1人にだけ虐待が日常的に行われているうちに定期的に訪問している。虐待の程度は、生命に危険がある状態まではまだ遠いものであるのだが、安否確認・見守りは欠かせない。
母方祖母も、父も、母も、その1人だけを強く叱り、時には手をあげる。他の兄弟は"いい子"のふりをする。だけど、母にはまた、その子をかわいいと思う気持ちもあり、母の気を惹こうとその子の行為は益々エスカレートする。
母にはそうしてしまう背景があり、また、家族内に普通は起こりえない出来事がある家庭であり、問題はひとつではなかった。だから、私の仕事は、マシンガントークの母の話を聞いて、その時間だけでも母の気をその子から逸らすこと、エネルギーを吸い取ってくること、母の気持ちの整理をさせること、子どもへの虐待の程度を確認するである。

"虐待=すぐに保護"ということはない。虐待の程度による。生命の危機があればすぐに子どもを保護するが、そうでない場合は家族機能の調整に誰かが入る。
虐待されている子どもが、どんなふうに育っていくのかは分からない。精神科医にこの家庭のことで相談しに行ったら、「この子が将来どのようになるのかは分かりませんが、エネルギーのある子なので大丈夫だと思います。僕のようになるかもしれませんし」と言った。先生も、何かを抱えているのだろうかと思いつつ、別れたのだが。

中途半端に知識のある人が1番厄介なことに気づいた、今回の虐待問題。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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