人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2003年10月19日(日) |
誰がために化粧をするのか? |
化粧は誰のためにするのか?
電車やバス内で化粧する女性をはじめて見かけたのは、いつぐらいだっただろう。私が電車に頻繁に乗り始めたのは高校生、通学に使うようになってからだ。乗り始めた頃はそんな人、見かけたことなかった。まあ、通学は行きも帰りも時間帯が超とか猛烈とかつけたほうがいいほどのラッシュ時だったので、いなかったのだろう。あれじゃあ、どんなにバランス感覚がよくて手元のしっかりした人でも失敗する。
気がつけば、席に座るなり鏡を取り出し、目元だとか口元だとかの何かをチェックする人を見かけるのは今や日常茶飯事。大体の人は、ぱんぱんに膨らんだミニポーチを膝に乗せ、ちょこちょこ何かをする。 隣の席で下地クリームから塗り出されたときは、その外国製の化粧品の香料に私はアレルギー反応でくしゃみが止まらなくなってしまった。塗ってから少し時間を置いたものならばいいのだが、入れ物から出した直後や塗ったばかりというのはいけない。空気中に非常に強く刺激的なにおいの素が散乱する。アレルギー持ちの弱い鼻粘膜が、それに侵される。 携帯電話とペースメーカーの相性がよくないように、アレルギーと化粧品というのも非常に相性がよくない。あんな狭い中でやられた日にゃ、本当、密室の犯罪だ。
化粧は、自己と他者のためにするものだ。まあ、自己満足の比率のほうが高いだろうけど。より自分をきれいに見せようと、より高い化粧品を求めて若い女性は動く。季節ごとに出る新製品に踊らされる感じだ。 だけど、きれいになった自分を誰に見せる目的で化粧をするのか。車内でするということは、車内の人はたとえ異性であっても"きれいな自分を見せなくてもいい人"なのだろう。ようするに、どうでもいい人たちの集団。 "きれいな自分を見せる(たい)人"は他にいるということなのだろう。学校や職場では自分の"きれいなところ"を見てもらいたい、と。 それってどうなんだろうか、うーん…。異性から見て、そういう姿ってどう映るんだろうか。
本日付の新聞で川村学園女子大教授らの調査で、女子大生の車内化粧について『いつもする』『時々する』を合わせると27.5%の人がしているという結果があった。簡単に言えば、女性が100人電車に乗っていたら27人はしているということだ。 私にとって、車内で化粧することは、公共の場でセックスすることに近い行為だ。それくらい、私は恥ずかしい。自分には時間がないことをアピールすることになるのだ。時間の使い方が下手だということを皆に知らしめることなのだ。そんな、不器用な自分の生活臭を人前にさらすことには耐えられない。簡単でいいから、質素でいいから、不快にさせない程度の化粧でいい。
だけど、よほどのことがない限り、車内で化粧する人は減ることはないように思う。だから、車内化粧をする人に、ひとつだけお願いが。見てると怖いんですよ。見なきゃいいのに、目がそこに吸い付いちゃうんで見ちゃうんで。
お願いですから、マスカラ付けとコンタクトの取り外しだけは車内でやらないでくださいませ。
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