人生事件  −日々是ストレス:とりとめのない話  【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】

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2003年09月08日(月) 熱烈に、一途に、君が欲しいと、あの頃

私、確か、あの頃、中学生。

♪ きみが欲しい いまでも欲しい
  きみの全てに 泣きたくなる
  もしもきみに 逢わなければ
  違う生き方 ぼくは選んでいた
 ♪

先日、上記の歌詞の曲が不意に頭の中に浮かんで、何の曲かとしばらく悩んでしまった。どこか街中で流れていたとかそういうことではなく、突然、勝手に湧いて出た記憶だった。すぐに、ああ大江千里の『格好悪いふられ方』だ、と思い出した。

10代の頃に比べて、今は"思い出の曲"というのが極端に減ったと思う。暇だったのかなんだったのか、小・中・高・短大と、学生時代は音楽漬けの日々だった。放課後のカラオケは全盛期で毎日のように繰り出し、通学中のウォークマンは手放せずで。20代はじめ、フリーター時代に某チケット売り場のおねいさんをしていた頃は、職権乱用してチケットの残を検索して見てはあちこちライヴに出かけたもんだが、あの、思春期の頃にカセットが擦り切れたり伸びてしまうまで聞いた曲ほど、脳裏になつかしくよみがえるものはないと感じる。

何かの曲を聴いて、それにまつわる思い出をたとえ思い出せなくても、胸を締め付けられるほど誰かを想ったり傷ついた記憶は歌の中で、その当時の気持ちが正しく思い返されて、同じように今の私を切なくさせる。気持ちの表出も稚拙で、良くも悪くも感受性が高く、それに伴う感情の高ぶりを制御できず、うまくいかないことが多かった10代の恋。不思議と、楽しかった思い出よりも、甘酸っぱくも悲しい気持ちの方が想起は鮮やかだ。少しでも気持ちが弱っていれば、すぐに涙が溢れ出すほどに。

脇目もふらず、ただひたすら前を見るだけで精一杯だったあの頃。それを懐かしく思う日が来るなんて思ってもみなかったけれど、年月は案外早く、確実に先へと急ぎ。

今の私を懐かしむ自分も、未来には存在するのだ。


佐々木奎佐 |手紙はこちら ||日常茶話 2023/1/2




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