人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2003年05月29日(木) |
ふるさとは永遠なんかじゃない |
置いていかれたのか、置いてきてしまったのか。
好きだった場所が土地開発によりビル街になってしまったり、お気に入りだったカフェが閉店してしまったり、そういうことが年々増えている。これも、私が年を重ねているひとつの証拠なのかもしれない。
幼い頃は、近所の商店街は永遠のものであって、近隣の人もみな、そこにい続けるものだと思い込んでいた。けれど、人の生活は移り変わるもので。 私も、今実家のある土地を2度離れた。妹も、昨年の春に実家を出た。実家の隣家の娘さんも、初めて会ったときには小学生だったのに、今はもう高校3年生。
短大時代、東京下町に下宿していた。風呂なし和式トイレ6畳プラス1畳半の台所の、管理費込みで3万3千円と言う、当時の女子大学生にしては安普請で小汚い部屋を借りていた。風呂がなくても、歩いて1分以内に銭湯があり、自転車を使えば5分以内に3〜4軒銭湯があるような、そんな場所だった。月のものが来たときには、食事を作りに友人宅に行ってついでにシャワーを借りたりと、そういう生活をしていた。私の実家周辺には銭湯はなかったため、例え胸がなくとも人前で裸になることを厭わなかった私には、銭湯生活はひどく楽しいものだった。
だから、私が足繁く通っていた銭湯は、1番近い銭湯だった。フルーツ湯(柑橘系)も打たせ湯も寝風呂もサウナもマッサージ機も、何にもない銭湯だったけれど、私は古ぼけた壁の絵と、その銭湯では乳幼児の次に若かったお得さんである私が行くと、最初はおじさんが番台にいたはずのに服を脱ごうとするとおばさんにチェンジしているという、不思議なところもまた、好きだった。だけど、私がそこに通っていた2年の間に、開店時間が縮小され、開店日も縮小され、そろそろやばいか?と思いながらも引っ越す最後までお世話になった。 そんな我が思い出の銭湯は、2001年12月23日に廃業したらしい。そのことを、今日知った。
私の第2の故郷は、もう昔の面影を失いかけているのかもしれない。
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