人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2003年04月02日(水) |
あなたに会って、伝えたいことがあります |
もう、人生の半分を縛られている。きっとこれは、一生もののトラウマ。
中学生の頃、今思えば信じられない教師がいた。音楽の女教師だったのだけれど、私はこの教師に心的外傷を加えられ、そして、今もその傷が疼いている。何も言い返せず、傷つくだけ傷ついた、その傷が。
今の私のこの当たって砕けろ、だけどただでは砕けない、という性格が形成されたのも、半分はこの教師のおかげであるとも言えよう。私の性格は徐々に徐々に、変に強さを増していった。弱さを隠すかのように。 中学生当時の私は、もともと内向的だった性格と、いじめられっこということもあったせいで、人前で話すことが苦手だった。けれど、多感な思春期真っ只中だった私にはクラスに好きな男の子もいた。
そんな私が、いくら歌のテストとはいえ、教室の前で歌を歌うだなんてことは、まさに拷問だった。歌いながら声はかすれ、音程がひどくずれていくのが自分でも自覚できた。 みんなが見ている、みんなが聞いている。彼が見ているかもしれない。彼が聞いているかもしれない。そんなことを考えてしまい、頭がぐらぐらしていた。
泣きそうな気持ちで歌い終わり、授業が終わる間際、その教師は言った。 「今日、一番歌がうまかったのは、男子では○●・・・、女子では△▲・・・」 全員の評価を読み上げるわけではないのだから、そこまではよかったのだと思う。でも、彼女は続けた。歌のうまかった人を数人読み上げた後。「一番ひどかったのは」と。
一番ひどかったのは、だったか、下手だったのは、だったのか、それとももっと違う言葉であったのか、そんな細かいことまでは覚えていない。ただ、「うまくなかった人」というそこに、私の名が挙がったのは確かなことで。
その後、高校に上がり、親友になったカエたちとカラオケに行く機会があった。私が高校生の頃は、カラオケが爆発的に流行していた時期で、行かない人はまずいないという状況であった。私は歌わないつもりで行った。けれど、カエはそれを許さなかった。
親しい人の前であれば、私は歌える。家族の前でなら、親友の前でなら、友人の前でなら、付き合いの長くなってきた彼氏の前でなら、いくらだって歌える。歌うことは好きだし、聴くことだって好きだ。 だけど、同僚の前や、健康教育で歌わなければいけないときは、未だに緊張し、倒れそうになることさえある。
私が中学を卒業する前にあなたは結婚しました。私たちが卒業した後、子を生んだという話を人づてに聞きました。 あなたは今、どんな親御さんになっているのでしょうか?
先生、あなたに会って、伝えたいことがあります。
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