一度だけの人生に
ひろ



 誰かが泣いている

学校。昼過ぎ。誰かが下の階で笑っている。
「随分、大きな声で笑っているなぁ」と思う。

友人がやって来る。
下の階のその笑い声をぼんやり気にしながら、
友人とたわいも無い話をする。

一人の笑い声が続く。

あまりに続くので不思議に思い、
そして、別の考えも浮かんだ。友人に
「ねぇ、これって誰か泣いているのかな?」と聞く。
「泣いてる・・・っぽいね。」

一人、泣いてるにしては随分、大声。
黙って友人としばらく目を合わせる。

すると下の階に研究室のある、K先生の声。
「大丈夫?」
さらに泣き声が大きくなる。
悲鳴に近い。

さらにK先生。
「じゃ、Iさん。待っててね。
事務室に行ってマスターキー借りてくるから。」
行ったみたい。

もうその頃にはほぼ悲鳴。
刺された?腕折れた?指切断した?
っと、そんな想像をしてしまうくらいの悲鳴。
Iさん?・・・。
友人に聞く。
「ねぇ、今、Iさんって言わなかった?」
「言ったな。」
「Iさんって○○コースのIさんかな?」
「多分、それしかないだろう。
Iなんて苗字はあの人くらいしか知らないよ。」
「しかもK先生の研究室のとなりっぽくない?」
「ってことはますますIさんしかいないだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」

「やばいよ。Iさんだったら、俺、行かないと。」
「行ってどうするんだよ?」
「いや、何も出来ないけどさ・・・。」
「尋常じゃない泣き叫び方だぜ。俺らが行ったって
いずれにしても邪魔になるだけだって。」
「そうだけど、でも・・・。」
「人違いだったら、なおのこと邪魔だって・・・。」

声を、耳を澄まして聞いてみる。
似てる。Iさんに似てると思う。

行こうか行くまいか、
迷っている内にK先生の声。
「開けますよ。」

ますます、声が大きくなる。
痛い、痛いと泣き叫んでいる。
どれくらいの時間だろうか、
しばらくして静かになる。

静かになったその時、
やっと行く決心をする。
行ってみる。
誰もいない。
声が止んですぐなのに、野次馬もいない。
Iさんはもちろん、K先生もいない。
K先生の研究室のドアが開けっ放しになっている。
ここで何かあったのは確かなようだ。
すでに病院に運んだのだと思った。
自分達の階に戻り友人と話して気が付いた。
声が聞こえてから止むまで、
僕達は実に10分ほども彼女の泣き叫ぶ声を
聞いていたことになる。

Iさん。
Iさんはこの日記の
2002年の6月3日の文章に出てくる人。
人違いであることを祈りつつIさんにメールをしてみる。


二日経った今日も、メールは帰ってこない。


今日K先生を見た。
いつもの朗らかな顔をしていたから、
それほど深刻な怪我などではないようだ。



僕は大切な人が大声で泣き叫んでいたのに
ただ、それを聞いていた。ただ、聞いていた。




2003年11月05日(水)
初日 最新 目次 MAIL